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ドナー体験記

きっかけ

自分は昔、とても自殺願望の強い時期がありました。自分の周り、全てに対し、とても嫌で自分自身生きていても、いなくてもどちらでも構わない、いなくても誰も悲しまない。そういった時期がありました。
でも、自殺するほどの気持ちがあったにも関わらず出来ずにいた。
それは勇気が無いとかあるとかの問題ではなかった。ただ、奇麗に死にたい。迷惑をかけたくない。
ただそれだけの理由で出来なかった。そんな変な自殺願望のある時期に骨髄バンクのドナーによって助かった方の手記を本屋で見つけ、気がつけば買って読んでました。
本を読んでいくにつれ、自分の考えの愚かさ、命の尊さ、希望の光を信じて待っている患者さんの気持ち、読んでいて自分という人間がとても小さく感じられました。
患者さん達は発病と同時にいつ悪化するかわからない病気と闘い、自分がまだやり遂げてない事、これからやっていこうとしていたことも出来なくて苦しんでるのに自分はただ自分の周りの人間関係が嫌だからとか、そんな気持ちで自らの命を絶とうとしていた自分がとても小さく感じた。
[こんな自分にも骨髄バンクに登録することによって人のために何か出来る!」
一度捨てようとした命、生きてるうちに何か人のためにしたい、必要とされてみたい。
そんな気持ちでした。自分の骨髄で自分と適合する人が待ってるかもしれない、登録しよう。
気がつけばそんな気持ちに変わってました。あの時、本屋で見つけることが出来なかったらこのような事は書くことも無かった。

登録

何処で登録や、手続きをしていいのか分からないままでした。
それ以外では何処でそういった情報を入れてくればいいのかすら分からなかった。
本を読み終え、最後に骨髄バンクへの登録のフリーダイアルが載っていた。
僕はその番号へ電話するのに時間はかからなかった。
電話をして登録手続きの書類を送ってもらうようにお願いした。
手続きの用紙は1週間で届いたが、ここで問題が発生した。
この時、自分は仕事で色んな所に行っていた。
住所が安定してなかった。そのために、もし、提供できる事になっても連絡を取れなかった。そのため、暫くは登録できずにいた。
その5年後、あることが切っ掛けで登録する事になった。
僕にとっての神とでも言える人物、hideの死。
このとき、丁度自分はそろそろ岐阜で落ち着いて・・・と考えていた所でもあった。
自分にとって何か出来ること、彼が登録を呼びかけていたものを止めてしまいたくない。
各々が色んな彼の意志を心で継いでいく。そしてこの僕も骨髄バンクの登録呼びかけとして何かしていきたい。でも、彼が逝ってしまったから登録したのだと思われても仕方の無いことだが、自分の中で忘れかけていたものを彼によって取り戻すことが出来た。

骨髄バンクの登録手続用紙は献血会場にあることを思い出し、再度、骨髄バンク推進財団へ・・・・
採血のための場所と、時間が書かれた葉書が届き、自分の都合の良い時間を見て採血場所へ予約、予約日に採血場所へ・・・採血はほんの何十cc位かですんだ。その後、献血(いつも成分献血)もやりながら骨髄バンクのビデオを見ました。登録後、家に帰り、事後報告。
ドナー登録してきたこと、これから先、提供することがあるということ、全てもう一度親と話をした。
以前から自分は提供者としてみたいな事を親に言っていた。
そのために親はお前の好きでやることだから好きにすればいい。
このときは親に詳しくは説明をしていなかったけど、
テレビ等で骨髄バンクの事が出たときにきちんと説明し理解を得た。

とても読みづらかったと思います。作文以下の文ですみません。
ここで僕から一言・・・・
ドナー登録は二十歳を過ぎれば50歳までのかたなら大体出来ます。
でも、登録前に考えて、家族と相談してください。
ドナーを待ってる患者さんは登録された方からしか骨髄を貰えないのです。
患者さんの気持ちも考えて下さい。提供者が見つかっても、提供者の方は良くても
提供者の方の家族が反対されれば提供できないのです。
自分が患者だとしたらどうですか?とても辛いですよね。
登録することはとても簡単です。でも、その後のことを考えれば、軽はずみな事は出来ません。
そういったことも理解して貰えればいいのですが・・・・

ネットで

登録後、何もしないまま月日だけが流れていった。
僕の仕事だと骨髄バンクのイベント等があっても行けないため、会報が来るたびに一度は参加してみたい。そんな気持ちがありました。
登録だけして何もしないなんて辛い感じがしました。
平日にしか休みが無いため、土、日祝は休めなく、登録後、暫くして買ったPCで骨髄バンクのHPを見てました。
そこで初めて知り合った方、「あとりえクリップ」の管理人クリップさんのドナー体験記を読み、色んなことを教えていただきました。

他にも移植を望む方は沢山みえます。僕にとって、直接会ったのではないのですが、インターネットを通して、出会っていても、とても身近に感じます。僕は先ほども書いたように仕事が平日休みな為、休日にあるイベントなどに参加出来ません。
そのため自分に出来ることは何か無いのかと考えた末、このようなHPを作り、少しでも骨髄バンク登録者が増えることと、そのための理解をしていただけるようなものを作っていければと考えるようになりました。
でも作ると決めてから1年くらいは掛かってしまいましたが・・・(苦笑)
僕にとって出来ること、このネットを通して少しでも理解してもらえる方、登録しようと考えてくれる方がでてくれればと嬉しいのですが・・・

三次検査

骨髄バンクから三次検査の通知が2月だったかな、来ました。
始めはえらくでかい封筒だなーと思ってたんだけど、すぐにピンときて、もしや・・・
すぐに家に入り中を開ければ予想通り、提供者としてリストに入ったとのこと。
取りあえず中を見て問診表に記入、提出1〜2週間後、患者さんの都合で今回は延期となったという通知が届き、僕の出番は暫くお預けとなりました。

5月中頃、骨髄バンクから自宅に電話があり電話して欲しいとのこと・・・・
この時、仕事はちょいと忙しく、中々電話をかける機会が無く、困ってたときに骨髄バンクの方から携帯に電話が・・・・とても申し訳なかったです。
電話の内容はもう一度提供者としてお願いしたいとのこと。僕は快く二つ返事で答えておきました。
僕を必要としてくれてる。役に立つときがきたんだと思いました。

検査当日、病院でコーディネーターの方と初めてお会いし、とても話しやすい方でした。
お医者さんを交え、骨髄提供の流れ、最終同意までの話をし、質問・・・・この時、自分は質問することもないほどでした。
不安なものは確かにあったのだけど、そんな自分の不安より、患者さんの味わってる不安のほうがどれだけ辛いことなのかと考えれば、自分はその時だけの不安だけで済むのだから・・・・こんな感じでした。
だから質問はなく、早く次の検査に入ろう!そう思ってました。
検査の時は「以前に肝臓で引っ掛かってる」そう伝え、血液検査をしました。小さな試験官6〜7本?だったかな、採血し、結果は骨髄バンクから郵送で送られてくるとのこと。それ以外では身長、体重、血圧、その他と受け、問診で、麻酔経験の有無、最近やった病気、怪我など聞かれました。

検査結果が届き、全く問題なし!最終同意にこれで入ることが出来る。
こーディーネーターの方からは「もう一度、御家族と相談し、最終同意で意志確認します。」とのこと。
僕ももう一度、親に確認、骨髄バンクからお借りしたビデオを見てもらい最終確認。
親だけでなく、弟にもビデオを見てもらいました。

最終同意(健康診断)

最終同意・・・・この日は健康診断も兼ねてた為、採血を行う病院で行いました。
最終同意の同伴者は弟を連れていきました。自分の親は理解し、同意も得られていたのですが、体が不自由なために同席出来ず、代わりに弟を連れていきました。
最終同意にはコーディネーターの方、担当医師、立会人、自分、弟の5人で行われ、提供者としてなったときに届いた説明書をもう一度最終同意の時に読み返し、不安な点や、疑問点、
そういったものをもう一度確認し、同伴者にも確認を取り話を進めていきました。
僕は自分の意志は固まってるし、早く進めてしまいたい。そんな気持ちしかなかったのですが、弟はやはり全身麻酔、感染症、後遺症等の事が気になるらしくかなり聞きまくっていた・・・・・
自分の中では「、感染症や、後遺症、そんなんなるわけないやん!」そんな気持ちしかなかったのだけど、
この時、自分の弟がある程度しっかりしていることに気がつき感心してました(苦笑)
僕からしてみれば6年も離れてればまだ「ガキ」としか思えなかったのですが、初めて弟のしっかりした部分が見ることが出来たと・・・・と言うよりも自分がそれほど落ち着いてないのに 人のことはあまり言えないのであった・・・・・(苦笑)
弟の不安だと思っていた点も解決し、同意書にサインをする。
この時点で後に戻ることは出来なくなったと同時に、僕には移植を待つ方の命も背負う?
事になると書くと大袈裟ですが、僕の健康管理一つで相手患者さんに迷惑をかけてしまうことは間違いない。
自分にとってとても重圧のかかる事だ。
提供するときは夏場で、しかも仕事場もやたらと暑い!
夏バテにならないようにしておかないと・・・・
しかもこの時、僕は2日間で睡眠時間が6時間と殆ど寝ていなかった。
そして、仕事も丁度お店の3周年記念イベントでとても忙しく、疲れ切った状態でこの日を迎えたのです。

健康診断・・・・最終同意終了後、弟は先に帰宅。
そして僕はコーディネーターの方に付き添ってもらい健康診断。
最初に軽い問診、今までに手術を受けたか、受けなかったか、麻酔の有無・・・・その他色んな問診を受け、レントゲン、血液検査・・・血液検査は小さな試験官に5本くらいだったかな?血液を採り、耳からは血液が出てから固まるまでの時間を調べ、そうそう、耳からの採血は初めてだったのだけど、とても痛かった・・・(苦笑)
ピアスを開けてる人はよくこんな痛み我慢して開けるなーと関心してしまった・・・・
あと、心電図をとり、肺活量を測定。この肺活量測定がきつかった〜。
最初は普通に呼吸して下さい。って、直径5cm位の管(紙製)くわえて「普通に出来るか〜(笑)」と思いながらも普通に呼吸・・・・
その後、「今度は息をため込めるだけため込んで下さい」・・・・思いっきり吸いましたよ。その後、「ゆっくり息を出し続けて無くなるまではいて下さい。」
思いっきり血管切れるんちゃうか?ちゅうくらい、はいたらまた「思いっきり吸って下さい」・・・「勘弁して〜な〜・・・・」
吸いまくってまた「ゆっくりはき続けて下さい。」・・・・「苦しいちゅうの!」と思いながらも頑張ってました(苦笑)
そして、またさらに「思いっきり吸ったら、今度は一気に吐出して下さい。」・・・この管くわえた状態で一気に出せるんか?
と不安に思いながらやってみる。凄く吐きづらい。それをもう一度やった。が、「もう一度思いっきり吸ってからゆっくり吐く方、やりましょう。」
僕は?????何故?また・・・・1度目である程度は測定できたのですが(1度で2回測定)、誤差が出てるのでもう一度1回だけ測定するとのこと。
あれはきつかった・・・何とか、肺活量は、約4リットルあるということで無事済んだ。
一通り健康診断も終り、コーディネーターの方と次の自己血採血の打ち合わせを済ませ帰宅しました。

後日・・・・電話があり、血液検査で基準値よりも高い数値が出たとのこと・・・・
ヤバイかも・・・・・

自己血採血

前回、血液検査で基準値を超えていたものが自己血を採るときまで気になっていた。
仕事で疲れていたことと、極度の睡眠不足、これがいけなかったのかもとは思っていた。
病院へは今回は一人で行くことになり、コーディネーターの方は今回は同伴しないとのこと。
病院へは電車で行くことになっていたのでちょっと早めの電車に乗ったら予定時刻よりも30分も早く付いてしまい、受付で早めに来たことを知らせ、待つことに・・・・この日、病院内は前回来たときほど待ち患者さんは少なく、あまり待つことなく、時間前でもすぐに受け付けてくれた。
そして、担当医に血液検査の事を聞くと、仕事疲れとかで基準値より上がることあるからそれほど心配いらないとのこと。
今回調べてみて異常値であればもう一度連絡しますとの事。でも、いまのところ連絡は無いから一応安心・・・

自己血採血・・・僕の場合、800cc近く自己血採血しなければならないらしいのですが、2回にわけて採血する時間が無く、400cc1回で術後に400cc抜いた形として行うみたいです。
自己血とは、骨髄液を採取後、貧血を起こす恐れがあるので、事前に自分の血液をある程度抜き、術後に自分の体に戻すために採血します。第三者の血液を使うより、自己血によって感染症などの防止になり、自分の血液ということもあって、拒否反応も無い為にします。(確かそうだったと思います・・・)
自己血採血して、骨髄移植が必要なくなったという時は(あまり無いですが)、採血した血液は破棄されます。
献血用としては使用しません。また、自分の体に戻す方はいないとは思いますが・・・・(笑)
そういった説明を聞き、採血に・・・・久しぶりに献血針入れると痛かった(泣)
しかも、あまり400ccも採った事無いから少し心配でしたが・・・
以前、献血で400cc献血したら、家で貧血になって倒れたことがある(汗)
心配するほどのこともなく、すんなり終り、時間も全部で30分位でした。
ここまでで取りあえず済み、後は入院して骨髄液採取となります。

患者さんにとって、ドナーの方々は一つの希望です。
ドナー登録はどうか御理解したうえ、家族の方と相談し、登録されたほうが良いと思います。
以上、8月までの間はこれで終了です。現在ここまで僕が進んでいます。
来月は退院後まとめて書く予定です。
入院の日程もお知らせは致しませんので御了承下さい。

入院

いよいよ入院当日・・・・
朝10:00迄に病院へ。
前日、夜遅くまで仕事をしていました。しかも緊張してきている為、寝たのが明け方5時過ぎ・・・起きて、ドタバタと準備をしていざバス停へ・・・・
が、既に遅し・・・・(涙)家を出た途端にバスは発進。おまけに引き止めるために走れなく(荷物が多くて)、仕方なく、別のバス停で待つことに・・・・
電車に乗り換え、病院へ・・・・ここでもまた・・・・(涙)
急行も止まるはずの駅なのに何故か通過・・・・「えっ?」頭が真っ白に・・・・・
次の駅で乗り換え、一つ戻ることに・・・・時間は何とかぎりぎり間に合う時間でした。
入院初日にいきなりこんなにツイてないなんて・・・・・

病院で入院に関しての説明を受け、担当の看護婦さんと病室へ・・・
病室についてから検査の為、身長、体重を量り、さらにまたレントゲン、心電図、血液検査としました。
まだこのころ看護婦さんと話をしていてもぎこちなく、僕も緊張しているせいか、会話にならない(笑)
検査を終え、病室に戻り、何もすることが無いから電車に乗る前に買った漫画を読んでました。
暫くすると麻酔科の先生が見え、軽い問診。アレルギーの有無、麻酔経験の有無。
手術の時間、麻酔かけたときに口に管を入れるため、口を大きくかけての検査。
麻酔科の先生から言われたこと・・・・
手術前日(入院初日です)の夜9時から翌日は絶食!
風邪などを引かないようにということでした。
その後、慌てたように担当の看護婦さん、血圧、体温をはかりに来ました(笑)
今年入った新人さんらしく、思うように出来なくて申し訳なくやっていました。
このころから看護婦さんとも何か打ち解けた感じでした。
この時に後から剃毛しますとの事。「やっぱやるんだ・・・・」

剃毛・・・・
それにしても病院に入ってから時間の経つのが遅くて・・・・
その前日までが仕事に追われる毎日だったからその事からも開放され、何もすることが無いとこんなにも時間が長いものだと初めて知りました。(笑)剃毛までの時間、あまりにも眠く、横になっていたら寝ていた(笑)。1時間ほど寝て暫くすると看護婦さんが剃毛しま〜すとやって来た。
そしてうつ伏せになり、僕のせくし〜な御尻(爆)を半分出し、腰の辺りから剃るということでしたが、毛深くないためにそんなに剃らなくていいというとでした。その間、可愛い看護婦さんと世間話をしてました。

剃毛も終え、数分後、コーディネーターの方がみえる。
手術前のアンケートに答え、自分の今日の恥ずかしい失敗談等話し、コーディネーターの方からは僕のHPを見たという返事が来た。
今まで、僕とコーディネーターの方とはあまり必要なこと意外話すことはありませんでした。
自分の中で緊張を解そうとしているのか、色々な話をしました。
今までのぎこちなさがこの日はなく、とても打ち解けれた感じで、した。
次にコーディネーターの方と合うのは術後の予定だ。

手術

手術当日朝、6:00過ぎ起床。
良く寝た。前日夜9時過ぎに下剤を貰い飲む。
下剤を飲んでも朝7時半迄に出るものが出なければ浣腸しますとのこと。
浣腸・・・・・この言葉は思いっきり緊張させられた。だって、看護婦さんにおしりを・・・・
当日朝、何とか便通あり。。。ホッ・・・・・(笑)
しかし、この日は1日絶飲食・・・・体重減らしたかったから丁度良いかも(笑)
9時半過ぎ、点滴が始まる(水分を点滴で補う)。左手首近くから長さ約8cm位のアクリル?針が入る。
これがやたらと痛い!がそのうち慣れてくる。慣れとは恐ろしいものだ・・・・(苦笑)
それにしても良く寝る・・・・(笑)。起きてから1時間後に再度1時間ほど寝る(爆)
さらにあまりにも暇だからもう一度寝直す(自爆)。何処からか僕を呼ぶ声・・・・・
起きてみるとこれまた綺麗な看護婦さん・・・・(笑)手術前の軽い問診。手術担当の看護婦さんだった(笑)
それにしても僕の入院した病院の看護婦さんはとても綺麗な人ばかりで・・・・・・・・(自爆)
1時前、手術前の弛緩剤、導眠剤の注射を左肩?腕?に打つ。痛いとかと聞いていたが、そう大した痛みでもなかった。
この時、浴衣を後ろ前、反対に着る。手術の時に脱ぎやすくするためだ。
この時、看護婦さんによってパンツを脱がされる・・・・(赤面)
5分後くらいにベットの高さを高くし、そのまま手術室へ・・・・。
この時、病院の廊下を通っていくんだけど、当たり前だな(苦笑)、ドラマなんかで見てる感じの、天井か、看護婦さんしか見えなくて、でも、ベットに乗せられて手術室へ行くというのはそう簡単に経験できるものではない。
今回のこの骨髄液提供手術自体この先何度あるか分からないけど、滅多に経験できるものではない。貴重な体験だ。
手術室に入り、さらに手術台へ行くのに別のベットに移るためベルトコンベアみたいなのに乗る。
この時、導眠剤が効き始めていたが、思わず口走った言葉は「肉屋の肉になった気分だ・・・・」看護婦さん皆爆笑・・・・

看護婦さんからは、そんな発想されたのは今までにいないよと・・・・・(苦笑)
だって、仕事柄そういったこと連想してしまうのだから仕方がない(笑)。
別のベットに移り、手術用の帽子を被り、ここからはあまり覚えてはいないが、最後はマスクを付けますと先生に言われ、マスクを口にあてられたのは覚えてる。が、その後2秒もしないうちに意識は無くなる。
この写真では分かりにくいのですが、手首付近からの点滴です。

術後

自分の感覚では数秒間くらいだと思う。
気がついた時?気がつくと先生が「終わりましたよ」と一言・・・
時間は1時間半くらいでした。自分自身、目は開いてるけど何が何だか分からず、麻酔ボケではっきりとは覚えていないけど、先生から無事、採取し、患者さんの元へ運ばれて行ったよと教えてくれた。僕としても採取後気になってたことです。
聞いたとき、落ち着いたというか、ホッとしたせいかそのまま寝てしまいかけてたんだけど、何か口の周りが変・・・・
そう、まだ全身麻酔掛けてた時のままの状態だったのです。(笑)それも口を広げられ、のどの付近まで管が入った状態で先生との受け答えをしていた自分・・・・今にして思えば何ちゅー恥ずかしい状態だったんだ!(爆)
そして、足下も何か変!この時は何か分からなかった。が、手術室から出るとき、またあのベルトコンベアに乗せられたときに分かった。
それは・・・・・あそこにバルーンカテーテル(導尿カテーテル)が入り、足下付近にその出口(袋)が付いていたのだ(苦笑)
いつの間に?手術室入ったころは何も付けなかったし、そんな気配すら無かったのに・・・・・(赤面)
いつの間にか僕の大事な所を弄られ(爆)カテーテルを付けていたなんて・・・・・(笑)

病室に戻るとき、殆ど覚えていない。まだ麻酔が残っていてボーッとしていました。
鼻には酸素を送るチューブが差し込まれて病室へ、左手にはまだ点滴が入っていて、病室について暫くすると、自己血輸血と、何かもう一種類点滴が加わり、3種類同時の点滴・・・これは初めての経験だ(笑)
この時、導尿カテーテルを抜いてもらえるか聞いてみたけど、Pm7:30迄は駄目ですとのこと・・・・(涙)
カテーテルっておしっこしてるのか、してないのか分からないんだよねー(苦笑)尿意はあるんだけど、痛いから我慢してるんだけど
袋には何故かしっかり物は溜まってると・・・・(苦笑)
7:30過ぎ、看護婦さんがやって来て鼻からの酸素チューブを外してくれた。それと同じく、導尿カテーテルも抜いてもらうことに。
やっと煩わしいものから開放される(笑)でも、・・・抜くのは看護婦さん、結構恥ずかしかったが、それよりも、抜く時の痛いこと!
管が一気に抜かれるんだけど、凄い激痛が走るのね、何と言って表現すればいいのか分からない(苦笑)
そう、骨髄液採取した後の痛みよりも、カテーテル抜いてもらうときの痛みの方が凄かった。
その後、水分は取って良いということで兎に角、水分だけでおなかの減りを鎮めていた。(笑)
で、水分を取れば分かるよね、そう、トイレ!行きたくなって行くんだけど、カテーテル抜いた後の痛みがひかなくて・・・・(苦笑)
おしっこしたくてトイレに行くんだけど、便器目の前にしてるんだけど、どんどん前のめり状態で腰が引けていく(苦笑)
ほんと暫く痛みがありました。その後、次第に痛みはなくなり、今度は腰が痒くなり・・・・骨髄採取した後の所、カットバン、これが僕のデリケートなお肌?(笑)に合わないらしく、かぶれ始めていました。痒くて掻きむしりたいんだけど出来ない。(泣)
採取痕がどのようになっているのか分かっていなかったし、下手なことして酷くなったら大変だしね。
痛みも多少はありましたが、筋肉痛?みたいな感じでした。そんなに痛いとか、重い痛みとかって感じではなかったです。
それよりも、カテーテルしてる間、ずっーと寝てたから腰がというか、背中が痛かった。寝過ぎで背中、腰が痛くなる感じってあるでしょ?
まさにそんな感じでした。点滴は左手にしてるし、大事なところにはカテーテル、自由に動ける右手は部屋の壁際、何もすることが出来ず、寝てるしかないと・・・・動けるようになってからは兎に角、動きまくり(笑)
頭は少しボーッとしていたけど、寝過ぎでボーッとしているだけだろうと・・・・(苦笑)
就寝時間後も部屋から出歩いていましたから(爆)

これは鼻にチューブを入れられてる写真(ちょっと見えにくいかな?)・・・
決して極悪人ではありませんので(苦笑)
口元は管が入っていたせいかむくんで?ます。

術後1日目

手術後1日目。寝過ぎ・・・・というよりも、横になってばかりで背中が痛い。
お尻も筋肉痛のように痛い。(苦笑)あまり眠れなかったような気もする。点滴が入っていたから 寝返りうつたびに目を覚ましてて・・・・朝6時に起床の放送が入るけど、僕は昔から寝起きが悪く、起きるのに30分はかかる。(笑)どこも悪いところは・・・・(頭と顔くらいだし)ないだけに検温等の時間も遅めだったと思う。朝食後とか、回診の時とかにやっていたから。そして、この日は点滴の外れる日!
今まで点滴は何度も経験あるけど、痛みがというか、慣れてはいたけど、針入ってるのがやたらと長い。抜き取るときは見てやる!
朝食後、貧血の検査?のための血液検査をする。午後の回診の時に、貧血は以上なし、翌日には退院できるとのこと。
そして、点滴も外れる。針がやたらと長かった。(約8cm位)針を抜かれてるとき、入ってるところから針が通過してるのが分かるのね、何とも言えないあの感覚・・・・(笑)今まで点滴ぶら下げてカラカラと歩いていたけど、はれて自由の身!(笑)

そうそう、忘れてました。とても肝心なこと!
骨髄液、採取カ所は左右4個所づつ、計8個所。そこから中へ数十ヶ所刺し、骨髄液を800cc採取したそです。で、自己血は400cc。計算が合わない?
400cc足りないのは献血をしたような状態にしたのです。
約2週間で800ccは抜けないからそれなら献血をしたという形でやりますと・・・
仕事場で貧血起こして倒れるほうが危険だろうし・・・・(苦笑)

退院〜そして・・・

退院当日、いつもより早く目が覚めた。2時間しか寝ていない・・・・(苦笑)
ちょっとしたことで目が覚めてしまった。仕方なく、テレビ・・・・・見ても天気予報か同じニュースばかり・・・
ナースステーション近くに漫画が置いてあるのを思い出し、5〜6冊持ってきては読んで時間を潰した。
朝食の時間後、少し眠る。9時頃の回診近くまで寝てた(爆)
術後のカットバンの周りが痒い。それ以外は何も問題なく、先生からも痒みが我慢できなければ剥がして良いとの事。お風呂も、仕事も、問題ないと太鼓判!でも、あまり無理はしないようにと言われた・・・・(笑)
コーディネーターの方が見えるまでは退院も出来ないけれど、退院と決まった途端に今度はもう暫くここに居たい。
そんな気持ちが出てきた。だって、家にいるよりも病院の方が居心地良すぎて・・・・(苦笑)
コーディネーターの方が見え、アンケートをとる。コーディネーターの方ともこれで会うのが最後かな。
後は、こちらの体調、具合などを聞くための電話での問診?みたいな感じのものをするだけ。
提供までの慌ただしかった時間、コーディネーターの方ともこれが最後だと思うと寂しい気持ちにもなる。

この骨髄バンクドナーとなった事で色々な人達と出会い、色々なことを知った。
それは今まで経験することの無かったことも含め、骨髄移植の事を知る機会でもあった。
一冊の本からドナー登録、提供と、色んな出会いがありました。
これからも一つ一つの出会いを大切にしていきたい。

その後・・・

1週間後・・・・
退院翌日から仕事に入り、通常通りの仕事をするが、やはり重いものを持つと腰に負担が掛かる。
重いものを持つと腰、尾てい骨に痛みが走る。

2週間後・・・・
2週間後、術後の検診があった。痛みも引き、体調もバッチリ!
でも、重いものを持つとお尻に突っ張り感を感じる。それ以外は仕事をしていてもなんの支障もない。
ただ睡眠不足なだけだった。(笑)
術後検査は血液の検査だけ、試験管?2本に血液を採り、結果が出るまで暫く車で漫画を読んでた。
1時間後・・・・結果は以上なし。痛みとかも無く、気になることも無く、今後の検査?検診?はこの日で終了。4:30頃コーディネーターの方からTELあり。
コーディネーターの方にも、病院でのことを伝え、自分のことも伝え、コーディネートもこの時点で終了。
もし、痛みなどぶり返すようであれば検査できるとのこと、まず、そのようなことは無いだろうけど、まず大丈夫だろう。

振り返って・・・・
ドナー登録から約3年。
登録した最初の頃は登録すればすぐにでも相手が見つかるものだと勘違いしていた。(苦笑)
ドナーとして、何かをしていたと言うこともなく、普通に生活していた。
健康だから健康管理していたわけでもない。献血だけは肝機能値が上がりすぎて献血できないと言われたため、お酒など控えはしていたけど、別に気にしていなかった。
今年、色んな事で煙草を止め、お酒も控えた。その後にドナーとして選ばれた。
自分自身、健康に気をつけるようになってからドナーに選ばれ驚いてしまった。(笑)
お世話になった病院の先生、看護婦さん、4日間の短い入院でしたが大変お世話になりました。
コーディネーターのKさん、3次検査の時から今まで有り難うございました。
この貴重な体験をここに書き記し、今後ドナー登録を考えている方、興味を持たれた方のためになれば幸いだと思います。
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