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ドナー体験記

骨髄ドナー体験日記

時間の経過で考え方や意見が微妙に変化していますが
当時の記録を優先しているからです。

骨髄採取の1週間
ドナーにほぼ決まってから、
この日に至るまでの2ヶ月に
十数種類の血液検査を受けたし、
肺機能のテストや心電図もとった。

12 月4日(月) 入院 、体調管理

12月7日(木) 採取、移植手術

12月9日(土) 退院
若干の微熱と偏頭痛が残った

約一ヶ月後 いつの間にか体調完璧

平成12年12月4日

入院の日

まずいといわれる病院食だが
健康体の私のたのしみは食べることぐらい

9:30入院受付 10:00 入室
血液検査 4種
 尿検査
注意事項と予定を聞いた
食事制限なし,おやつOK 手術前日は夜から飲食禁止
蓄尿(手術に向け一日の尿の回数と量を計測)
検温 4回(6、10、14、17時)
血圧 10時
昼食 12〜13時
青菜のお浸し ごはし 野菜汁 もの炒め
シャワー  隔日順番制
パジャマの交換は火曜日と金曜日
夕食 18〜19時
ごはん あさり汁 鯖のしょうが煮 白菜とひき肉のあえもの
21:30消灯
病院内スーパーマーケットは18:00まで営業

平成12年12月5日

体調調整日

6:00起床

食事のメニューを書くのが面倒なので デジカメで撮ることにした。
定時の検温の他に過去の病歴等の問診があった
食事時間に担当の先生も診にきた

麻酔科の先生による危険性の説明と問診があった。
手術当日は午前零時以降、 食物はもちろん水も摂取禁止
手術中は、全身麻酔のため、自分で呼吸できないから
万一もどして呼吸機をふさがないように!
起床後、準備でき次第 筋肉に弛緩注射 点滴
移動、全身麻酔 人口呼吸機 セットで手術開始らしい
うつぶせに寝て、身体を固定し、
骨盤あたりに十数ケ所ドリルで小穴をあけ
数CCずつ、骨髄液を吸い出す。
400〜800CC?まで百回ぐらい?
(代わりに入れる自己血は、すでに800CC保存済み!)
術後、麻酔がきれるまで4、5時間 無事に手術が成功し、
後遺症もなく 麻酔から目覚めることが出来ますように!


覚悟

世のため人のためアンディ フグ(兄不遇)のためなどと ふざけていっていたが、
半身不随や麻酔事故の確率が0ではないのも事実(と思っていた。)
こんなわたしでも人様の役に立てるのなら、 まして、人の命を救えるのなら「まあ、いいかっ」と思った。

私の趣味はバイク、前傾姿勢のきついバイクに しばらく乗れないかもしれない。
以前からなんとなくそう思っていたので250ccのスクーター(マジェスティ)を11月1日に買っていた。
失敗した時の対応をしておけば、手術は成功するものだ!

移植手術がおわるまでバイクで事故るわけにはいかない と思い、ツーリングも自粛。
入院前日にバイクに またがってみた。 火はいれなかった。 楽しみは後にとっておこう。
I'll be back

平成12年12月6日

骨髄採取前日

2:00と4:00にも目が覚めた
6:00起床

「今日は毛剃りだよ」と
朝っぱらから看護婦さんに言われて 目が覚めた 腰とお尻だろうか?
どこまで剃るのかな?
今日は遺書でも書いてみようかな?

剃毛の直前に医療センターで 2回目の麻酔に関する危険性の説明があった。
術前の筋肉弛緩注射は痛いだけだから、ということでやめになった。
病室に帰ると看護婦さん登場
早速、腰とお尻の毛剃り 半ケツで俯せになったが
「毛がうすいね」で、電気シェーバーで1分。
念のため胸もみせたが胸毛無しなのですぐにおしまい。

全身麻酔による手術前日の
0:00からは、絶飲食で水もダメだって!
明日の絶飲食にそなえ、
病院敷地内のスーパーマーケットで 暇つぶしのマンガと
スポーツドリンク1.5Lを買ってきた。
夕食後午前0時までは飲食可能なのだが、
手術中にウンコたれになりたくなかったので、
まず、排便を済まし、水分補給。
スポーツドリンクとお茶をしっかり飲んでおいた。
今夜は静かだ
ふと,思い出した。
個室にかわっていった隣のおじいさん
カーテン越しの 私の枕もとに
空気清浄機を置いていた。
大きな音ではなかったが
夜はモーターのうなり音が睡眠を邪魔してたっけ

平成12年12月7日

手術当日

骨髄採取当日
6:00起床
洗面、うがいの後、排便

8:15
担当の先生来室  
直接、点滴準備  左手手首の静脈にナイロン製長さ約4cmの点滴針を刺す
「チョット痛いけど我慢してね。
手術のなかでこれが一番痛いかも」
ナイロンの針を刺すのにグリグリしながら刺したので痛さに納得したが
不思議と痛みは ひいていった

途中に3箇所のバイパスバルブ付きホース(麻酔用ルート?)に
輸液血用電解質+α?の点滴を開始。

この点滴は翌日の夕方まで続くそうだ。

8:40
「そろそろ行きますよ」といわれたので
立ち上がろうとしたら寝かせられた。
「歩いて行けるのに」と思ったが
腰痛、麻酔ボケでは自力で帰れないことを知らされる。
看護婦さん2名に ベッドごと押され手術室へ向かう。
コロコロコロ
手術開始予定は9:00
病室棟は6階、
手術室は新館の3階
寝台エレベーターで3階に下り、廊下を押されてゆく。
コロコロコロ
見えるものは
天井と蛍光灯、
看護婦さんの顔
ちらっと見える外の景色と
見知らぬ人の覗き込む顔。
「わたしはドナーだ。健常者だ。」と、
無意味な言い訳をしたいような 変な気がしたが、
不思議と手術への不安はなかった。
コロコロコロ
突然、天井がきれいになった。
新館に入ったのだ。
昨日、医療センターへ行く途中、新手術室の大体の位置は教えてもらっていた。
幾つかのゲートをくぐると突然、消毒の臭い。
「そろそろかな?」
ベッドが止まった。
滅菌してある布団をかぶせられた。
また進む
しばらくして止まった。
半身おこしたら、
順番待ちの幼児をのせたベビーベッドが足元に見えた。
まだ、2、3歳だろうか?
かわいい子だった。
この子も手術を受けるのかな?
すこし、かわいそうになった。
あれ、そういえば俺も手術に来たんだっけ!
いっしゅんボケた。

カウンターのむこうが手術室の前室らしい。
「Nさん、手術衣に着替えますよ」
青くてごわごわした薄い発泡ポリエチレン?の手術衣に すっぽんぽんで着替えた。
パンツ脱ぐのが恥ずかしいので、ふとんをかぶったまま着替えた。
「ズボン、パンツ脱ぐの手伝いますよ」
という看護婦の申し出をことわりながら
点滴をしてない方の手でなんとか脱いだ。
毛髪カバーの青い帽子はかぶせてもらった。

手術室の前室へはカウンター型リフトの天板を
ベッドに寝た患者の身体の下にさし込み
寝たままの体を持ち上げる。
まさにフォークリフト。
次に天板が音も振動も無いベルトコンベアのようにスライドして
水平移動し、前室へ入っていった。
小さめの移動用ベッドに移され、ほんとの手術室へ入っていく。

心地よい音楽が聞こえてきた。
音楽でも、リラックスさせてくれる。
内装は緑色系の落ち着きカラーだ。
天井からはタコあしの先に、ライトがいっぱいついた新型手術ランプ
手術台は、うつぶせ用に顔の部分がへこんでた。
男の先生が6人はいた。看護婦さんも一人いた。
執刀(採取)、麻酔、呼吸、心電図などの担当かな?
右腕に自動血圧計、左人差し指には心拍計を取り付ける。
人口呼吸機の管がうまく入るか口を開けたり歯をチェックした。
酸素マスクを口元に持ってこられ大きく深呼吸するよう指示される。
同時に点滴の管より静脈へ麻酔薬が投与されはじめたと知らされる。

深呼吸をはじめてから、40秒ぐらいは かぞえたかな?
ここから突然記憶が無い ・・・・・・・・・・・・

全身麻酔でストンと眠りに落ちた。
・・・骨髄採取のオペ開始・・・

背面 腰部分 上
 エコー写真 下
4ヶ所中の2ヶ所で撮影

皮膚表面の穴は4つだが、骨盤部分の採取穴は複数
みた目4つだから骨盤には合計十数ヶ所の穴
 皮下の炎症が微痛(しこり)の原因らしい。


「Nさん!Nさん!起きて!Nさん!」 という声と共に身体を揺すられた。
立ち会い看護婦さんのめがね顔が一瞬見えた。
それと、言われるままに手や足を動かした様な記憶がおぼろげながらする。

病室に帰る途中のエレベーター前で 「気分はどうですか?大丈夫ですか?」と聞かれたが、
12時間以上、飲食物はとってなかったので
「なんだか腹へった」と言ってしまった。

次に気が付いたら病室に帰っていた。
テレビからはお昼のバラエティ番組の聞き慣れた声。
9時から2、3時間の予定だったので順調に終わったようだ。
麻酔のせいか、手先とつま先が寒いと思った。
まだ意識がはっきりしない。
体も動かない。
背中から腰が重い
喉も痛い。
まだ眠い

(人工呼吸機の管は声帯を少し傷つけるが3日で治った。)

骨髄液採取量
900CC採取し赤血球等を除いた200CCが 患者さんの鎖骨部分から静脈点滴で移植された。
本人いわく、骨髄液が入ってくると熱いものが 入ってきた感じがしたらしい。
(移植結果は約2週間後)
「900CC採取するということは 約5CCづつ約180回吸い出したことになる。」
腰の皮膚の穴は左右2箇所の4箇所


ここから器具を差し込み位置を変えながら 腰骨へ十数箇所穴をあけ採取したそうだ。
自分への輸血用に事前に自己血保存したのは800CC!
数が合わないような気もするが自己再生するから良いのだ。
ぜんぜん感染もしてない良い骨髄液だそうだが、 ほめられても別にうれしくない。

お昼のバラエティ番組も、いつのまにか終わっていた。
サイドテーブルの腕時計は2時ちょっと前 意識がはっきりしてきた。
頭と腕はなんとか自由に動かせるが 背中から下が重たい感じがして動かせない
ベッドにくっついたみたいだ。
背骨を動かすのが怖い気がした。

(事前説明を聞いていたのに麻酔ボケした私はこの時、
背骨に穴をあけたのだと勘違いしていた)

もがいていると足は簡単に動かせるようになった。
でも腰の当たりがまだ熱い
先生が診に来た。
「調子はどうですか?手術はうまく行きましたよ」
「・・・・・・・」
喉が痛くてちゃんとしゃべれない。
人工呼吸機の管のせいだ。声帯と首の付け根が痛い
術後しばらくは、小声でしか話せない。
「夕方には起きてもいいですよ」
と言われたが 微熱も出てきたので身体がダルかった。

寝返りもOKといわれたので、
うごこうとおもい、腰に手を添えたらパイプにふれた。
チクッとした
「何だ?」
それはおしっこホース(カテーテル)だった。
ちんちんの先っちょから尿道奥まで細い管を いれられていた。
アメリカンドッグ状態だ。

パンツも入院時に持参した別の新品に換わってる。!
手術時に脱いだパンツはキチンとたたんでサイドテーブルに置いてある!
手術時に串刺しにされたとしても、
パンツは誰が履かせてくれたのか?
手術前の「脱ぐの手伝いましょうか?」の声が頭をかすめた。
病室に戻ってから履かせられたのか? いずれにしても、聞くのが怖い(赤面)
おしっこホースは膀胱近くまで入っているのか、
本人の意志とは関係なく 尿はベッド横のビニルバッグにたまっていった。
串刺しにされ、縮こまったむすこを見ながら 「これでは起きられないなあ」と思いつつ
「でも結構、交通渋滞時に便利かも」と 一瞬思った。
アホなわたし。

たてひざができる様になった2時半頃、
骨髄移植が実施されたことを聞いた。
微熱ですこし、眠い。
家族も見舞いにきた。
靴下を履かせてもらうが満足に声が出ず対応できない。
寝返りは何とかできるようになったが、腰が重く鈍痛がする。
喉をお茶で湿らせると幾分喉の痛みは減った。

夕食はさすがに全部食べれた。
寝てる間に昼食は、さげられてしまったので
とっても空腹だった。
その後、38度の 微熱も出てきたので
点滴交換時に 氷枕と解熱剤をもらう。(抗製物質も追加点滴)

寝返りを打つと息子の先っちょがチクチクする。
右大腿部にテープで固定された
おしっこホース(カテーテル)を気にしながら、
左に半身寝返りをし、とにかく寝ることにした。

平成12年12月8日

はずかしいの日

幾分爽やかに目覚めるが微熱気味
起きるつもりで身を起こした。 腰は重いが正座は出来た。
正座は出来たがチンチンの先っちょが痛い。
正座すると尿道内で管が曲がる感じ。
恥ずかしいけど 引き継ぎの時間を見計らってナースコール

夜勤で点滴を交換してくれたのは若いナース
(恥ずかしいので、手慣れたベテランナースが来ることを願う)
「あのぅ、、おしっこのホースとってほしいんですけど」
「はーい、いまいきますね」
しかし、まだ、引き継ぎ前だったらしく、 若いナースが来ちゃった。
そのうえ、 「まず、検尿出しときますね」
といって、 手早くビニルバックから尿を抜くと
尿瓶と検尿カップをもって 行ってしまった。

ドクターに抜いて良いか確認にいったらしい。
再び来て鉗子で管を止めてから、
「尿意を感じるようだったら取って良いそうです。」だって。
「尿意は、ある、あるっ」というが、
また、戻っていってしまった。


朝食時間になり、食事前にと採血の準備をしていると
さっきのナースが来て 「おしっこのホース抜きますよ〜。ちょっと痛いかも?」だって。
ちょっと待ってよ、ご飯ですよ。
結局、その場は待ってもらい
食事の後にゆっくりと、20代の乙女に
縮こまった息子を つかんでもらいカテーテルを抜いてもらった。

(画像修正済み)

「消毒しときますね」
「ちょん、ちょん」だって。
恥ずかしさはチューブを抜く痛みに打ち勝った。
「しばらくは尿瓶をつかってくださいね。」だって。
あのナースの顔はまともに見れないなあ
恥ずかしがっているのは私だけ。
若くてもさすがはプロ、完全に私の負けでした。

おしっこホースが取れると、何とかひとりで立てる!
腰の鈍痛は相変わらずで重いけど。
傷口をテープで止めてて突っ張るし、 傷口が気になるので前かがみになれない。
点滴をキャスター付きのスタンドにかけた状態で ゴロゴロ押して歩いた。
新館のトイレまでいって排便。
点滴はまだ続いていたが、 化膿止め?の抗性物質点滴も加わった。

10:00ごろ、
家族が見舞いにきたので パジャマとパンツは着替えさせてもらった。
その後、処置室で 傷口の確認と再消毒、ガーゼ交換



17:00頃には点滴も終わり、左手首静脈から 長さ4cmのナイロン針が抜かれた。
静脈からの出血は意外と少ないし、内出血もしなかった(先生が、上手い!?)

で、2日間の数回にわたる点滴の交換で、
空気も(管で4cmぐらい)点滴されたかも
(これが頭痛の原因か?)

夕食後重たい腰を引きずりながら新館で排便
新館のトイレは手摺りが大きくて助かる。
バリアフリーに感謝


いびき

退院前夜 隣部屋の爺さんのいびきに笑う。
文字で書き表しにくいが、
まさに犬が静かに「ウ〜〜」と唸って、 自信なげに小さく「ワン」と吠えるのを繰り返してた。
布団の中で腰の痛みに耐えながら爆笑してしまった。
隣人もベッドで笑ってるみたいだ

平成12年12月9日退院


退院当日
6:15起床 今日は土曜日
病棟全体が何だか静かだ。 氷枕は水になっていた。
37度の微熱は続いているが気分は良い。
こわごわ腰に注意しながら立ち上がってみた。
ほっとしながら、トイレにいってお小水
歯を磨いてうがいをする。のども日々回復中だ。
朝食は普通に食べた。
8:30に担当の先生がみえて、傷口の消毒とガーゼ交換をしたら、退院だ。
「Nさん、先生みえましたので処置室に来てください。」
おしっこホースのナースに言われて処置室に向う。
退院届と退院後の説明を受けるがまっすぐ顔を見れない。
先生が傷口の確認を、ナースが消毒をした。
小さめの傷パッドになった。 傷口防水カバーシートも先に手渡された。
先生「身体の調子はどうですか?」
私「だいぶ良いです。ノドのいがらっぽさもだいぶ良いです。 微熱も37度まで下がってきました」
先生「退院時に解熱剤をだしときますので持っていってくださいね。」
私「お風呂はどうしましょうか?」
先生「お風呂は日曜日からね!キズ口にかさぶたが出来れば良いでしょう。
キズに防水カバーシートを張ってシャワー程度なら良いかな、
かさぶたはやさしく押さえて拭くように、
あと市販のオキシドールなどで消毒しといてください。
最後にバンドエイドを貼っといて。」
「治療はこれで終わりです。
退院の説明は聞いたと思いますが
退院後、腰 その他、どこかからだの調子が悪かったら 
すぐ、受診してください。」
9:30退院

平成12年12月10日(日)

37度の微熱が続く。
とにかく安静にする。

平成12年12月11日(月)

出社する
37度の微熱はまだ続く。
午後、知人の接骨院でエコー写真を撮る
(骨盤の穴を探す)

平成12年12月12日(火)

欠勤する
37度の微熱はまだ続くし、
偏頭痛がする。
あたまが締めつけられる。
左目の目頭奥が痛い
鼻の付け根も痛い
氷枕で一日安静
解熱剤を飲む

平成12年12月13日(水)


トゥィーティのバンソウコウ発見
日に日に回復してゆくのがわかる。
私のキズの痛みも頭痛も、微熱もほっとけば 
やがて自然治癒するのだ。

白血球の型(HLA)が合う確率は
兄弟なら4分の1
他人同士なら数百〜数万分の1

骨髄液を移植された患者は
新しい骨髄液と身体がなじむ為に
体内で様々な戦いが行われる
薬や放射線でもともとの免疫力が無くなっているところに
侵略者である他人の骨髄液が、移植される患者側こそ命がけだ。
骨髄液が運悪く合わず、移植が失敗すれば
死はいっきに近づいてくる。

この種の病気は骨髄移植で ほとんどがなおる。
ドナー登録は現在13万人
30万人いれば患者の9割は移植を受けられるという。
ドナー登録にご協力ください。

治療中の患者達は
今も、下痢、嘔吐、口内炎、その他多々の症状に苦しんでいます。
しかも、移植後の彼らは長期入院を強いられる。
治っても定期の病院通いはつづく、社会復帰は大変なのだ。

患者の高額医療費、長期休職
ドナー休暇と休業手当て、
ドナー登録の重要性
なおる病気なのに国の対応や社会の認知が、
まだ十分ではないのは残念だ。
※原作者のホームページは、こちらになります。

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