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ドナー体験記

◆ドナー登録◆

ドナーになるにはまずドナー登録というものをします。

16歳からプチ献血マニアだった僕は22歳から付き合い始めた彼女が、とある病院で血液内科(注)に看護士として勤務していました。時々聞く治療の話の中で、骨髄移植というものを遠い世界の事ではなく、なんとなーく身近に感じていました。

実は登録時、何の根拠の無い自信ですが自分がドナーになる事は一生無いと思っていました。そもそもHLAが適合するのは大変低い確率と聞いたからです。逆に何度も適合してドナーになってしまうようなら登録しなかったかもしれません。

当時はまだ財団としての「骨髄バンク」ではなく、名古屋骨髄献血希望者を募る会の「東海骨髄バンク」の頃です。その時のドナー登録者は2000人余でした。

ちなみに看護士の彼女は僕に1度も「ドナー登録して」と言いませんでしたし、僕もわざわざ「登録する」と言いませんでした。

(注: 血液内科とは再生不良性貧血やいわゆる白血病の専門治療の科です)

◆登録から2〜3年後(だったような(^^; )◆

数年経過してバンクから連絡があり、HLA2次検査をしました。仕事を抜け出し、病院へ出向いて採血のみで終わったのですが、その後は何も連絡がありませんでした。この時は

「もしかしてドナーに?」

というドキドキと手術の不安、そしてその後の連絡が無くて

「やはり適合の確率は低いんだなぁ」

の感想に加えて、痛い思いをせずに済んで安堵したのを覚えています。その後、僕の所には骨髄バンクの会報誌が定期的に来るだけでした。

◆ドナー登録から10数年後のある日(起算0日)◆

財団からA4サイズの封筒が自宅に送られてきました。『重要』『進展』の赤印と封筒下の赤印に『初期コーディネート担当』の文字があります。


「こっ・・・、これはもしや・・・(緊張)」


数年前の2次検査の時と同じ緊張を感じつつ開封します。1枚目は僕の住所と名前。2枚目に



『HLA適合のお知らせ』



この見出しでかなり動揺しました(^^; いきなりの事で心の準備ができてません。続いてその先を読みます。



『ドナー候補者の1人に選ばれたので確認検査と骨髄提供に協力できるかどうかよく考えて、そしてその際、家族とよく話し合いを・・・うんぬん・・・』


「・・・ああ、候補者の1人で再検査ですか、そうですか(^o^;ホッ」




いきなり決定という事ではないので少し落ち着きました。同封の問診表と説明・採血(確認検査)希望場所の用紙に記入して、その話と内容を妻(この時は看護士の彼女と結婚していました)にも報告。妻は特に何も言いませんでした。

◆起算日から6日◆

財団の地区調整委員会事務局から郵便で、担当コーディネーターさんと調整医師が決定したとの通知がありました。

◆起算日から10日◆

夜、自宅にコーディネーターさんから電話があり初めてのご挨拶(^▽^)

◆起算日から21日◆

確認検査&面談の日です。僕が検査を希望した病院で、初めて担当コーディネーターさんと調整医師に会いました。病院では採血と以前送られてきた『骨髄提供者となられる方へのご説明書』という冊子を使って移植に関する説明をお二人から受けました。平日で会社を抜け出して来たので、出来る限り早く終わらせていただきました。

◆起算日から31日◆

確認検査で行われた血液一般検査結果が郵便で送られてきました。

『財団の基準で問題はありませんでした』

というお知らせと検査報告書が入っていました。

◆起算日から106日◆

なーんにも連絡がないなぁ、と思っていた矢先に郵便が来ました。開封してみると見出しが






『ドナー選定のお知らせ』








「へっ・・・?」








『先日の検査の結果、最終的なドナー候補者に選ばれました。』










「・・・んな・・・バカな!(驚)」








根拠の無い自信はどこへやら、です(^^;

かなり動揺してしまいました。ですが、そうはつぶやいていても気持ちの中では骨髄採取をこの期に及んで断るつもりはありません。ひとつ気になるのは入院どころか手術や全身麻酔も未経験である自分自身の不安。この事に対してどれだけフォローしてもらえるのでしょうか?

◆起算日から111日◆

ドナーに選ばれたなら体には気を付けなきゃなぁと思い、そう言う意味でも趣味のバイクは自重せねばという事になって、それならこれでしばらくの我慢と滋賀県までツーリングしました。

ところが帰り道、渋滞の1号線で同進行方向の左折車に巻き込まれ転倒してしまいました。警察に来てもらって現場検証の後、近くの病院で診察と治療。痛みはあるのですが大した事も無く、曲がったハンドルで高速道路を走って帰宅しました。

今回の事故は右半身の打撲で済みましたが、この事故でなおさら気を付けなければと反省し、ドナーとしての立場を考え直しました。

・・・もしかしてコレは




『そろそろ大人しくしとかんかいコラ(怒)』




というナニモノかの暗示だったのでしょうか(^^;

◆起算日から123日◆

事故後の体の調子について、この頃にはアザが残っている程度でほとんど治ってました。

担当コーディネーターさんと調整医師、弁護士さんに僕と妻(家族の同意書も必要なため)の5人で最終同意の面談です。日中は仕事で抜け出せないので、19:00頃にしていただきました。

『骨髄提供者となられる方へのご説明書』を使ってもう一度、移植に関する説明を全員で確認します。そして僕と奥さんが署名と捺印をしてとうとうドナーに確定です。

実はこの前日に、骨髄提供の手術について近い身内から反対されました。いろいろ話したのですが移植に対してお互いの考え方の相違が深く、身内はこちらの話をいまひとつ理解できなかったようです。最終的には「やりたいならやれば」とのお言葉(^^; をもらっちゃいましたが。

◆起算日から125日◆

郵便で採取病院と手術日が決まったとの連絡がありました。改めて緊張します。

この頃から「自分にナニか問題があって予定通りに運ばなかったらヤバイ事になるよなぁ」と重いプレッシャーを感じ始めました。自分ができる事(怪我をしない、風邪をひかないなど体調管理)さえしていればそれでいいと、あえて患者さんの事はあまり深く考えないようにしました。

◆起算日から132日◆

仕事を抜け出して健康診断です。

検尿に採血。肺機能の測定はトイレットペーパーの芯みたいなモノを口にくわえてホースをつなぎ

「息を吸ってー、もっともっと吸ったー!」

「はいっ、ばーっと吐いて吐いて吐いたーっ!」


の繰り返しです。

踏み台昇降もやりました。高校の時以来です。当時と違って、ややハァハァ気味ですが(^^; 

心電図、胸部レントゲンと広ーい病院をあっちへウロウロこっちへオロオロとさまよう僕(^^;

あと、「自己血輸血同意書」に署名捺印しました。僕の骨髄を必要としている患者さんは体の大きい方(若い女性だそうです)らしいので骨髄を900mL程採取する予定だそうです。いきなりコレだけの量をスコーンと抜いてしまうと手術後の僕がシオシオのパーになってしまうので、事前に自分の血液を取っておいて手術の時に血液を戻します。すると僕の体に掛かる負担が軽くなるって方法です。

◆起算日から146日◆

仕事が終わってから骨髄採取時に用いる自己血を400mL採取です。

◆起算日から153日◆

仕事が終わってからもう1回、自己血を400mL採取です。体の調子は特に自覚するような症状はありませんでした。

◆ 起算日から165日(手術前日)◆

午前中に電車とバスを乗り継いで、病院へ到着し入院手続き。6階の個室を使わせてもらう事になりました。

10:45 病室に入って着替えてしまうと、特にやる事がありません。入院自体が初めての僕は気分が落ち着かずソワソワしていると担当医師が病室に来て明日の手術の流れの説明をし、持ってきた「手術同意書」を僕に渡しました。その書面は読むというほど字が書いてあるワケでもないのですが、一通り読んで署名捺印します。

医師と話をしていたら手術中の写真を撮ってもらえると聞いたので、妻にパソコンとデジカメを持ってきてくれるよう携帯のメールで連絡。以前にそういうドナーさんがいたらしく(^^; 見知らぬ先輩ドナーさんのおかげで画像も記録ができました。

昼食から病院食です。健康体の僕にこの量は全然足りません(^^;

13:00過ぎに検査用採血少々。

13:40 血圧と検温。実は朝からチト頭が痛かったのですが、検温で37,2℃でした。

14:00 妻到着。手術後に使うつもりで持ってきた自前の浴衣はこの病院では不要と言われたため、妻にカバンの中の浴衣を持って帰ってくれい、と頼むと


「何かあった時のために置いておいたら?」


とか言います。まったく、ナニかあった時のためって一体なんだよぅ(--;)

14:35 先程採血した看護婦さんが拝みながら病室に入って来て、先程の採血なんですが量が足りないのでもう少し下さいと言われ、はいはいと腕を出します。

15:00 妻が帰宅。

16:20 麻酔科の先生二人がアンケートを取りに来て、麻酔の方法と説明。


「気管挿入の際、口腔内やのどを切ったりする事がないとも言えません」


と言われチトびびります。さらに

「不安になるタイプですか?」

と聞かれたので力強く「うんうん」とヘッドバンキングで返事すると、麻酔の前処置の筋肉注射の際にそういう薬も入れときますと言われました。

17:05 オペ室に入る助手医師にデジカメを渡し、撮影をお願いしました。

17:15 風呂は少し離れた場所にあって一人用。案外キレイでした。

17:35 夕食。こんな時間に夕飯食べたら夜にお腹すきますね(^^; 看護士さんのアドバイスで院内の売店で菓子パンを2ヶ購入。でも飲食は21:00までの制限付きです。それ以降は手術後の夕食まで絶食だそうです。例によって夕食は絶対量が少ないので5分でペロッといただきました。

18:50 検温。頭痛も幾分痛みが引いて、何とはなしに体も楽になってきたようなので熱はさがったかな、と思っていたらまだ37,3℃ありました。ううう、いかんです。

19:10 お腹がすいて非常用食料(笑)の菓子パン1ケを食べました。
消灯時間が近くなった頃、緊張して眠れない人には睡眠薬を出してくれると言うので、普段飲めないからとこの時ばかりにいただきました。

20:34 レンドルミンという睡眠薬を飲みました。看護士さんの話だと30分くらいで効いてくると言っていたので、「ならばどれだけ耐えられるか」試してみました。遊んでるみたいですけど、これでも絶えず緊張してて落ち着かなかったんですよ(^^;

21:15 目の周りがなんとなく重く感じてきました。普段の「眠いから寝る」というカンジではなく、まさにナニモノかの力によって睡眠に引き込まれていくイメージです。

21:30 まだがんばれます。

21:50 けっこうキテます。この行動自体に飽きてきて諦めて目を閉じました。多分2分後には爆睡。未明の3時までは完全睡眠でした。それからは外の救急車の音や他の部屋のナースコールで何度も目覚めました。がまたすぐ眠ってしまいます。薬飲んでなかったら3時から眠れなかったと思います。

◆起算日から166日(手術当日)◆

翌日6:20 いつもどおり起床。睡眠薬がまだ残っているようでボンヤリ感20%という感じです。

7:47 手術着を着用します。着るのはこの一枚だけ。服の両側はわき部分から下までがスリットになっていてマジックテープでとまっているだけ。マジックテープを取ってしまえば丸見えです。

8:16 筋肉注射。結構痛いですが、想像よりはマシでした。体温を測ると36,5℃まで下がってました。

8:30 血圧も測って正常値です。

8:40 ベッドごと手術室(準備室)に運ばれます。浣腸はありませんでした。自分でベッドからストレッチャーに移り、手術室(本番)へ。ヘアキャップを付けられて、血圧計と心電図センサーを付けられました。続いて点滴導入用の針を左腕の手首とひじの間の血管に打たれました。

「いったー(>o<;) 」

と言うと、今入れた左腕の針を抜いて右腕に打たれました。どうやらうまくいかなかったみたいで、先程打たれた左腕の部分が内出血して腫れてきました。むうー(-_-#)としていたら、うるさいヤツと思われたのか(^^; 鼻と口のカバーをつけられて「深呼吸してクダサーイ」と言われました。4〜5回吸うと、後頭部あたりがずーんと重くなってきて体全体がそれに続いて重くなってきました。


「・・・もう3回吸ったら・・・あっちにいくなぁ・・・」


と思ったところで記憶が切れました。

麻酔中の内容はデジカメの画像と手術後の看護士さんの話を参考に書きます。

9:06 いつの間にやら裸でうつぶせ状態。すでに気管挿入をされているようです。


いよいよです。麻酔で意識ないです
手術直前
9:23 採取部分を消毒。


フルヌードです(^^;
採取部を消毒
9:29 採取はじめ。


骨髄を抜き始めてます
手術開始
9:56 注射器でチューと抜いてます。 採取中
10:58 終了。
まだ裸で転がされています。放置プレイ?(^^;

11:03 手術着を着せられ仰向けに寝かされてます。
修了
11:47 病室に戻されて酸素吸入。吸入カバーの耳のゴムが痛くて「痛い、痛い」と何度も訴えてたそうです。自分の記憶にある最初の目覚めは13:00頃ですが、少し話すだけでまた寝てしまいます。とにかく体がだるいです。尿道と膀胱に不快感アリアリです。導尿管のせいだということは分かります。

13:30 検温。37,4℃。のどが風邪ひいたみたいに痛くて、体はゾクゾクと寒く、腰はドコソコが痛いというよりも腰全体がどよーんと熱くて痛いという感じです。

14:00 担当コーディネーターさんが来てくれました。誰かが来るとちゃんと返事するのですが、しばらくするとすぐ寝てしまいます。麻酔から覚め切ってない感じです。

14:20 熱が37,9℃まで上がりました。

15:00 管を抜きに来たのは綺麗な看護士さんでした。ちょっと恥ずかしいなぁと思ったその時、抜かれました。めちゃくちゃイターイ(ToT) 抜いてるその時も痛いんですが抜いた後もしばらく痛い。Mの人なら天国でしょうか(^^; 

15:20 熱は38,0℃。担当医師が来て、麻酔の影響でどうしても熱は上がりますから心配しなくていいですよ、と何度も同じセリフを言います。が、看護婦さんたちは体温を測って数字を見るたびに「高いね」と言うんです。こわいなあ(^^; 

17:00 体温38,4℃。ここまで上がると結構つらいです。点滴している管に解熱剤を投与してもらいましたが、30分たってもあまり効果が無いようでした。

17:30 夕食が来ます。体はだるいし腰は痛いで動きたくないのですが、のども渇いてるし食べられるなら食べた方がいいに決まっているのでソロソロと体を動かしてみます。

食事前にトイレに行こうと歩いてみましたが、腰が痛くてギックリ腰のオジサンみたいです。トイレに着いて、痛いかなーとおっかなびっくり放尿するとコレが焼けるように痛い。


「ひいい、いたいよぅ(ToT)」


・・・情けないです。

さらにトイレから病室に戻る20〜30メートルの間に気分が悪くなってしまいました。貧血症状のようです。べッドで横になり、少し食べてはまた横になりを繰り返してですが、結局食事は全部食べました。絶対量か少ないですから(^^; 

食事後検温、38,4℃。しんどいです。鎮痛剤を飲んで横になり、そのまま眠ってしまいました。

21:00 寝汗をかいて目が覚めました。寝汗が出たという事は熱の下がり始めの兆候(ですよね?)なので、とりあえず汗でぬれてるシャツなどを着替えてからナースステーションへ行き体温計を借りて測ると、37,1℃になっていました。

ここで少し看護士さんと話をしました。推測も入ってますが、どうやら通常の手術より麻酔を多く使ったとか? なぜ麻酔を多く使ったのかは予想の範囲ですが、もしかしたら僕が手術中に痛みで無意識ながらも反応してたのかも知れませんね、という事でした。普通だと14:00〜15:00にはほとんどのドナーは歩き回ったり、熱もあまり出ないとも聞きました。

それと、僕の骨髄は採取後、新幹線で関東の病院に移送されたそうです。

左に2箇所、右に1箇所です。

◆起算日から167日(手術翌日)◆

6:00 起床。体のだるさは昨日より幾分楽です。熱は36,5℃まで下がりました。やれやれです。

腰の痛みはやっぱり広範囲のギックリ腰って感じです。かがんだり曲げたり立ち上がる時などにズッキーンと響きます。ですが一度立ってしまうと、不快度10%程度で歩行可能。でもらんららんららーん、とスキップしたり大きく手を振って行進のようには歩けません。おじいちゃんおばあちゃんがすスリ足でスススと歩いているところをスースースーと追い越して歩くイメージです。

7:55 朝食です。少ないです(^^; もちろん足りないの非常食の菓子パン(クリームパン)の袋を開けました。と、そのせつな袋から出たパンは僕の手をスルーして病室の床へまっしぐら。ジャグリングするまもなくパンは病室の床に。アスファルトの道路に落ちたパンより病室の床に落ちたパンの方が汚れているように思えるのは僕だけでしょうか(^^; 哀れクリームパンは原形をとどめたままゴミ箱へ。僕は肩を落としがっくりとうなだれるのでした。

8:30 担当医師の検診。手術の翌日なのに退院を申し渡されました。他のドナーさんのレポート拝見すると術後2日くらいは入院されてますよね?(^^;

体はだるいし熱っぽいのでイマイチ心配なんですが、このまま病院にいても寝ているだけなので、退院する事にしました。おおかたの看護士さんの話では、ドナーの中で僕はどちらかと言うとツラソウな部類に入るそうです。

9:05 退院後に飲む解熱鎮痛剤(頓服)を5回分いただきました。気分的には10回分くらい欲しいです。痛みが長引きそうな気がするってだけですけど。

9:30 担当コーディネーターさん来て、僕に最後の挨拶をされて帰られました。

11:00 妻が車で迎えに来てくれました。シートに乗るときはツライです。車から降りる時もツライです。ちょっと動くとクラクラします。帰宅後ゴロゴロと寝てるだけでした。ちなみにこの日、朝の血液検査項目のHgb数値は11.6でした。

◆起算日から168日◆

貧血状態と微熱が続きます。排尿痛は無くなりました。

◆起算日から169日◆

実は手術をする前に、この日はバイクに乗るつもりでした。他のドナーさんの体験記で、手術の2〜3日あとには自転車に乗って買物されたというレポートを拝見していたからです。

ところが実際はバイクにまたがるどころか歩くのもままならない状態でした。実際は歩けるんですが、クラクラしてくるんですね。

◆起算日から174日◆

痛みと貧血症状がキツイので担当コーディネーターさんに電話して、鎮痛剤と鉄剤をお願いしました。

◆起算日から179日◆

やっと最近、椅子から立つとき「よっこいしょ」と言わないでできるようになりました。腰の痛みは慢性的に痛いのではなく、アクションをすると痛いです。ううう、甘く見てました。

◆起算日から181日◆

貧血状態の自覚症状がだいぶ減ってきたので数値上は戻ってきてるみたいです。

しかし、それとは別に膀胱あたりにいまだに不快感が。導尿管の影響で膀胱炎にでもなったのかなぁ。ちょっと不安です。

◆起算日から188日◆

骨髄採取後の健康診断です。Hgbの数値は12.5。膀胱の事を言うと尿検査してくれましたが、特に異常無しとの事でした。しばらく様子を見る事になりました。

◆起算日から195日◆

膀胱の不快感が無くなりました。

◆起算日から200日◆

術後、毎週水曜日にコーディネーターさんから電話があり、体の調子を聞かれます。この頃には腰の違和感も無くなり完全復活に一ヶ月です。予想以上にかかりました。

◆起算日から225日◆

坂口厚生大臣から感謝状が届きました。何と言っていいのか、複雑な気分。

◆起算日から234日◆

移植した患者さんと患者さんのご両親から財団経由で手紙が来ました。造血細胞は無事生着して経過観察に入っているとの事。

とても想いのこもったお手紙でした。僕の宝物です。

◆現在◆

採取の後遺症は全くありません。時々、風呂に入る時に鏡で腰を見るとまだ採取の跡が残っていますが、だんだん薄くなってきました。

一年後の再登録確認で、もう一度ドナー登録するかどうか少し迷いましたが、「もうこの先、一生ドナーになる事は無いだろう」と思って再登録しました。手術当事にあった自分自身の自己満足の気持ちというのも今は特に無くなりましたが、僕の子供たちが大人になった時に自慢ネタくらいにはなるかなぁ、と思っています。

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