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ドナー体験記

ドナー体験記

私が骨髄バンクに登録したのは8年前です。
妻は血液疾患で、白血病などの患者さん達と同じ病棟に入院していました。入院中、妻も私も苦しみましたが、他の患者さんやその家族の苦悩も目のあたりにしました。 妻は命をとりとめましたが、となりのベッドの女の子は亡くなりました。何かの力になりたいという気持ちが強くはたらいたのが登録のきっかけでした。
そして数年後、ドナーに選ばれ、骨髄採取を体験しました。役割を成し遂げた充実感にひたる一方で、患者さんへの想いは提供前より一層強くなりました。拒絶反応で苦しんでいないだろうか…絶対助かってほしい! 今は患者さんの幸運を祈る日が続いてます。

今回の私の経験を自己満足に終わらせず、今後ドナーになられる方の参考にして頂ければと思い、ドナー適合通知をもらってから、骨髄提供にいたるまでの心境など、メモ程度ですが、ノートに書きとめておいたものを、修正補足しまとめてみました。一読して頂ければ幸いです。尚、用語の解説は骨髄移植推進財団から配布された「骨髄提供者となられる方への説明書」を一部参照しました。

1.突然の通知

 200×年12月初旬

「骨髄バンクニュースではないな ひょっとして」
家に帰りポストをのぞくと骨髄バンクから大きな封書が届いていた。緊張しながら封をあけるとそこには予想通りの文字があった。
とうとうというか、やっと来たかというか、嬉しい反面、不安感も急激に広がってきたが、意思は固まっていた。さっそく同封のコーディネートを進める意思の有無、問診票等の書類にペンをはしらせた。希望病院については、かつて妻の命を救ってくれ、今も世話になっている病院名が記載されていたので迷わずその病院にマルをつけた。 なにか運命的なものを感じるなあ… 患者さんはどんな人なんだろう… 
まだドナーに選定されたわけでもないのに妙に気持ちが高ぶった。 

※ドナーコーディネートの通知

患者さんとのHLAの型(白血球の)が一致すればバンクからの通知があります。この時点では、まだドナーとして選定されてません。あくまでドナー候補者という位置づけです。(ドナー選定は確認検査後検討されます)内容は骨髄提供に向けてコーディネートを進める意思があるかどうかといった質問票、健康状態に関する問診票、確認検査及び骨髄採取を行いたい希望病院の質問票等です。 必要事項を記入し担当地区事務局に返信し、先へ進めれるかどうか検討されます。問題がなければ自分の担当コーディネーターの氏名が書かれた文書が送られてきます。 その後、コーディネーターからの電話連絡があり、確認検査の日程調整をします。

2.成り行きに任せる

 200×年12月中旬

確認検査は希望通りの病院で行われた。 病院ロビーでコーディネーターと待ち合わせた。 女性の方だった。 血液内科へ案内され調整医師と面談。 調整医師は妻が入院中、お世話になったK先生だった。 先生は妻のことは、はっきりと覚えていたが、私のことは忘れてて、ややがっかり。 でも勝手知った病院で、顔見知りの先生が担当医だと心強い。
K先生は、ど素人の私にでもわかりやすい言葉で、骨髄提供のこと、またそれに伴うリスク面について説明してくれた。予備知識としてある程度のリスクを伴うことは承知していたが、先生の説明を聞くとやっぱりビビる。しかし、一生に一回できるかのどうかの貴重な体験。先生の「お気持ちに変わりなければ、血液採取してよろしいですか」の問いにすぐさま答えた。 「お願いします」
採取量は、人間ドックで抜かれる量の2倍くらいだったような気がする。
検査が終了し、先生とコーディネーターに挨拶をして病院を後にした。
帰りの電車の中で思った。
いい意味で成り行きにまかせようと、自分に言い聞かせた。

※確認検査

確認検査の際は、まずコーディネーター、調整医師から骨髄提供の説明をうけます。また本人の意思と家族の同意についても尋ねられます。 同意確認後、調整医師が問診、血圧測定など簡単な診察をし約40mLの血液採取が行われます。  また確認検査の目的は @HLAを更にDNAレベルで詳しく検査し、その結果を参考に患者さんとの適合性を判定するAHLAの再確認Bドナーの健康チエックのための一般血液検査 などです。
後日、一般血液検査の結果が郵送されますが、ドナーの選定については、この時点ではまだ検討中です。ドナー選定の連絡はその後、通常は1〜3ヶ月後になります。 ドナーに選定されなかった場合でも、同様に連絡があります。
ドナーに選定されると次は最終同意を行う日をコーディネーターと調整します。

3.揺らいだ意思

 200×年12月下旬〜200×年1月初旬

妻とはいろいろな話をした。妻も血液疾患で入院中、友達になった白血病の患者さんが、亡くなったこともあり、移植を待つ患者さんやその家族のつらさや心情はよくわかると言った。 しかし、一方でこうも言った。「私の体がこんな状態で、もしお父さんに万が一のことがあったらどうするの?人助けしてもそれがそうでなくなる可能性あるってこともよく考えないと…。とくに我が家は」 確かにそうだ。 少ない可能性だが骨髄採取中、何らかの事故で、自分が動けない状態になることもなくはない。万が一そうなったら病弱な妻はどうなる?息子はこれからが大事な時期なのに…。人助けできる家庭環境なのか?
ドナーに選定されても提供に同意しなければ、俺や家族のリスクはゼロになる。でも患者さんにとって俺が唯一の適合者だったら、患者さんはどうなる…。
自分の中で、同じ問答を何度も繰り返していくうち、提供の意思が揺らいだ時もあった。
でも、もし自分の子供が骨髄移植が必要ならば親としてどうするだろう。 もしドナー候補者に逢えるものならあって骨髄提供を懇願するにちがいない。 患者さんにとって移植は、命を懸けた究極の選択。
俺や俺の家族のリスク、患者さんの背負うリスクとその家族の心情、人間として親としてあるべき姿とは…。 総合的に判断し、再度提供の意思を固めた。
最終的に妻も私の考えを理解したくれた。

4.ドナー決定、最終同意へ

 200×年1月中旬

電話が鳴ったのは日曜の夜8時頃だった。相手はコーディネーターだった。
「確認検査の結果、最終的なドナー候補者に選定されました。」
じわっと体の芯が熱くなるのを感じたので、つとめて冷静に対応し最終同意の日程を調整した。話によると患者さんの移植希望時期は1ヶ月半後らしい。その間に最終同意、健康診断、自己血採血といったスケジュールをこなすことになる。テンポはえーっと思ったが、患者さんの容態に関係するものかもしれないとも思った。急いでいるのかも…。気になる。 翌週、早速最終同意の面談を行った。
出席者は、私たち夫婦、調整医師のK先生、コーディネーター。再度、K先生から骨髄採取に関する説明がなされた。骨髄採取の仕方、安全性と危険性、万が一の補償等。そして、一度、同意書にサインするともうそれは撤回することはできないということと。
同意書はドナー本人のサインとその家族のサインが必要である。家族の自発的意思による同意がないと骨髄提供はできない。私も妻も今日にいたるまで話し合ってきた。
二人で同意書にサイン、捺印した。もう、後戻りできないといった気持ちはなかった。むしろ、俺の気持ちを汲み取ってくれ、同意書に力強くサインしてくれた妻に感謝の気持ちでいっぱいだった。

※最終同意

ドナーに選定されると調整医師から骨髄提供について最終的な説明を受けます。その後、ドナー本人と家族代表者が同意書に署名、捺印することで最終同意成立となります。もちろん同意書に署名、捺印する前であれば、提供を辞退することもできます。ただし、同意書に署名、捺印後に同意を撤回することはできません。なぜならば、最終同意確認後、患者側は「間違いなく移植が受けられる」という前提で、移植の2週間前から前処置に入るからです。最終同意確認後にドナーが同意を撤回すると、患者が移植を受けられずに死亡するなどの不幸な事態に陥る場合があります。したがって最終同意には、大変重要な意味があることを理解しなければなりません。

5.採取前健康診断

 200×年1月末

患者さんの移植希望日は2月末から3月初旬のということだった。やっぱり急いでいるんや…。すぐにコーディネーターと日程調整した。まずは健康診断。 内容は血液検査、胸部レントゲン、肺活量、尿検査等で、人間ドックの検査と同じような感じだった。検査が終わると骨髄採取医師による問診。採取医師はM先生で、これまた妻がお世話になった先生だった。M先生は妻や私のことを覚えていてくれて、とても心強く感じた。
先生から骨髄採取の説明をのあと、自己血採血の説明を受けた。大量の骨髄液を採取してもドナーが危険に陥らないよう、あらかじめドナー本人の血液を採取保存しておき、骨髄採取時にその自己血を輸血するということだ。骨髄液の採取量は患者さんの体重量によって変わる。目安としては患者さんの体重1kgあたり15ml。大体600ml〜900mlの範囲で適量が決まるらしい。したっがって自己血の採取量も骨髄液の採取量に比例する。400mlを2回、計800mlの自己血採取をする場合もあるらしいが、私の場合、患者さんの体重が軽いらしく、400mlの自己血採取で済むそうだ。今回、患者さんに移植される骨髄液の採取量は700ml前後。最終的にマイナス300mlということになる。
帰り際、先生が「頑張ってください」と言ったので私も「はい、がんばります」と言ったが、後で思った。「そっれて先生プレッシャーかけてるやん」

6.自己血採血

 200×年2月中旬

3月の骨髄提供に向けてのスケジュールもこれで最後になった。自己血採血だ。病院へ行くと採血室に案内された。「自己血液を保存するパックに名前と生年月日を書いてください」とM先生に言われた。私がパックに書いた内容を先生が確認し採血が始まった。採血は献血センターで行うのと同じ感じだった。
400mlが採取された。採血が終わった直後、不覚にも目まいがし、気分が悪くなったが、しばらく横になると回復した。「たくさん骨髄抜くのに、これごときで目まいしてるようじゃいかんなぁメシいっぱい食べよ」と思った。

※自己血採血

骨髄採取日の1〜3週間前にドナー自身の自己血の採血を行います。骨髄採取予定量に応じて1回200ml〜400ml程度の量を採血します。その際、造血剤が処方されます。自己血は保存され骨髄採取当日に返血されます。

7.入院1日目

 200×年3月初旬

午前10時に病棟へ入り入院。健康がゆえにやはり複雑な心境。やることもないので本を読んだりテレビを見たりして暇をつぶした。昼からはぞくぞくと訪問者が来た。まずは採取担当の先生。明日の採取の説明と安全には万全を尽くしてますから大丈夫だと言ってくださった。心強い。ただ最後に「今晩、下剤を飲んで、朝に便がでないと浣腸させていただきます。」と先生は付け加えた。浣腸!?それだけはいやじゃあ〜 明朝は必ずウンチすることを決意した。次に麻酔科の先生。全身麻酔の説明をしてくれた。美しい女医さんだった。続いて手術室の担当看護師さん。続いて婦長さん。結構気疲れした。そうこうしているうちに夕食になった。薄味だがおいしいので残さず食べる。夕食後売店にいって便通をよくしようと思いファイブミニを買って飲んだ。部屋に帰るとベッドの脇に「大量骨髄液採取術 21時以降絶食、24時以降絶飲食」と書かれた札がかかっていた。いよいよだなという実感。緊張はあまりなかったが明朝の便通を気にしながら10時頃就寝。

8.入院2日目

6時前に目が覚めた。もよおしたのでトイレへ。やったあ〜快便。でもお腹すいた。8時半頃から手術着に着替える。下着はふんどしみたいなもの1枚。なんかはずかしい。9時頃車椅子に乗せられて手術室へ入った。看護師さんにうながされ手術台に仰向けになった。緊張感はあまりなかった。怖さよりも、やっとここにたどり着けた、ほんとうに骨髄提供できるんだという気持ちが強かった。
マスクが口にあてられた。その後の記憶はない。眠りかけた記憶さえない。目がさめたら「おわりましたよ」と誰かの声。時間の経過した感覚もない。病室へ帰った頃には自分がどういう状態か把握できた。尿道に管が入ってる。なんだか気持ち悪い。腰はまだ痛くなかった。さっそく先生が部屋に訪れた。「ありがとうございました」と私に言ってくれた。4時間程経過した頃尿道の管が抜かれた。その時一瞬だがなんともいえない痛みがあった。じっと寝てる限りはあまり腰の痛みはなかったので起き上がってみた。やっぱり痛い。でも我慢できる範囲だった。歩いてみた。歩行可能。ただし普通に歩くのはつらい。ゆっくりとトイレまで歩く。途中で立ちくらみがした。少し歩いただけでも結構疲れた。夜に抗生剤と止血剤の点滴をし、錠剤は鉄剤とビタミン剤を服用。体はだるくやたら眠かった。

9.入院3日目

体のだるさは幾分マシになっていた。まだトイレまでしか歩いてはいけないと言われていたが、むしょうにタバコが吸いたくなったので病院の外まで歩いてみた。外にでるとすごく気持ちよかった。控えていたタバコに火をつけた。うまいっ。プレッシャーから開放された安堵感。自分の骨髄液が誰かの命を救うかもしれないいう期待感。忘れられない朝になった。
穿刺部位の消毒、抗生剤の点滴は今日も行われた。腰の痛みは時間の経過とともに少しずつ減っていくのがわかった。体の可動範囲も昨日よりも広がった。食事も三食完食。明日、退院が決まった。

10.入院4日目

歩行に障害はなかった。普通に動くには腰の痛みもない。ただ穿刺部位を押さえたり、腰を深く曲げると痛むが、それも我慢できる範囲。体のだるさも全くなし。しいて言えば立ちくらみが多少ある程度だ。抗生剤の点滴も行われず、穿刺部位の消毒のみ。荷物を片付け、先生方と看護師さんに挨拶をし、午前10時退院。家路へ。

※骨髄液採取

骨髄液は腸骨(骨盤)から採取します。骨盤の背中側のベルトの位置より少し下の部分で、骨髄穿刺針(ボールペンの芯くらいの太さ)を皮膚の上から刺して注射器で吸引し、採取します。注射器の吸引量は1回に十数ml程度なので骨盤そのものに数十箇所〜百ヶ所以上針を刺すことになりますが、同じ皮膚の穴から何回も骨盤に刺し直しますから、皮膚の穴の数は2〜6ヶ所位になります。骨に刺した針穴は、自然にふさがります。また骨髄採取によりドナーが貧血にならないように、保存しておいた自己血を返血します。

※全身麻酔

骨髄採取では、腸骨に太い針を何回も刺し注射器で吸引するため、全身麻酔で行われます。麻酔導入薬を注射して意識が薄れてから、口から気管に柔らかいプラスティックの管を挿入して麻酔ガスと酸素を送り込み人工呼吸器で呼吸をコントロールします。また麻酔中に出る尿量をチエックするために尿道に管を差し込みます。

※骨髄採取のあと

麻酔からさめたあと、骨髄穿刺部位の痛み、尿道カテーテル抜去後の排尿痛、頭痛、気管チューブを抜いた後の喉の痛み、吐き気などが残ることがあります。吐き気などは翌日までにほとんど消えます。また、採取後、37〜38度の熱が出ることがありますが、これもふつう1〜2日でおさまります。採取部位の痛みには個人差があり、程度はさまざまですが、1日から7日間残ったという方が多く、まれに1ヶ月以上残ることもあります。 通常は骨髄採取後2〜3日で退院し、復職、復学が可能になります。


骨髄提供を終えて思ったこと

自己満足かもしれません。自分の存在価値を見い出したい気持ちが常にあったような気がします。しかし、この経験をして本当によかったと思います。大きな仕事を果たせたという満足感といいましょうか、生きていてよかった、と思ってます。提供以来、仕事上の悩みとか、いろいろなしがらみが、ちっぽけなものに感じるようになりました。私に自信を蘇らせてくれ、私を必要として下さった患者さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
患者さんの移植前後の苦しみは大変なものだと聞いています。なんとしても助かってほしいです。患者さんのことは毎日心のどこかにあります。できれば、いつかどこかで逢いたいです。
あと感じたことはコーディネート期間についてです。私の場合、適合通知をもらってから骨髄採取までの期間が約3ヶ月と短期間でした。患者さん側の病状や治療方針等、さまざまな事情もあるので、いちがいには言えませんが、コーディネート期間はやはり短いのにこしたことはないと思います。ドナー候補者に選定されて以降は個人差はあるでしょうが、大なり小なりプレッシャーを感じながらの生活になります。コーディネート期間が長くなると、ある程度精神面のタフさがないと、自分を追い詰めてしまい、それによって体調を崩し提供を断念してしまうドナーもいるのではないかと思うのです。よりきめ細かなコーディネートを期待します。
最後になりましたが、骨髄提供に理解を示して下さった会社の方々、財団のコーディネーターさん、病院の先生方や看護師さん、そして私の家族、みなさんありがとうございました。
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