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ドナー体験記

■ドナー登録

 1994年、地元の(社)磐田青年会議所に入会しました。

 1996年の夏、横浜で開催された全国規模の会議に初めて参加したんです。数多くのセミナー・講演会がありました。目的の講演会の開会まで時間があったため、どこか別の講演会に参加しようと考えていたところ、パンフレットの中に「東ちづる」さんの名前を見つけました。東さんを見てみたいと思った私は、早速その会議室の椅子に座り開会を待っていました。内容は「TOYP大賞」で、受賞者のお名前は「大谷貴子」さんでした。骨髄バンク活動をされている方にとっては超有名人ですよね。でも当時の私はお名前も存じ上げませんでした。(^_^;)

 当日は、大谷さんの講演会というよりは、大谷さんと東さんのトークショーといった内容でした。このセミナーに参加して、白血病の状況・患者さんの気持ち・ご家族の気持ちがひしひしと伝わってきて、自分の中にも何か沸き上がってくるものを感じました。移植を受け完治された大谷さんを見ていると、「本当に患者さんだったの?」と疑いたくなるようなパワーがありました。非常に重い内容でしたが、随所に笑いがあり、あっという間に2時間ほどが経ってしまいました。会場出口にあったパンフレット「チャンス」を持ち帰り、帰宅してから家族に説明をして、翌日には投函していました。今の「チャンス」とは少し違って、ニッコリ笑った男の子と女の子の写真が表紙にあるものです。(まだ大事に持っています。)

 『いのちを救えるのはあなたかも知れない』

2次検査

 指定された近くの骨髄データセンターで説明を受け、採血を済ませて登録が完了しました。

 その後、1ヶ月ほどで2次検査の連絡がありました。「えっ!もう適合したの?このまま進んだら、いつ頃提供になるんだろう?」と、少々慌てました。いろいろな方に聞いて、後から分かったことですが、2次検査の連絡って結構すぐ来ていたらしいですね。2次検査から3次検査までが長かった。

■3次検査 その1

 初めて3次検査の連絡をもらったのは、登録してから数年経っていました。(実は、2回目の3次検査で提供したんです。)会社から帰ってみると、いつもとは違う封筒がバンクから送られてきました。封筒の中を確認すると、「ある患者さんとHLAの型が適合しているので、3次検査をお願いしたい。」という連絡が入っていました。さらに、「骨髄提供者となられる方へのご説明書」という冊子も同封されており、ドナー決定後の最終同意の重要性、採取までの注意事項などについて詳しく書かれていました。

 数日後、コーディネーターのKさんから電話をいただき、3次検査の打ち合わせをし、検査当日は病院の待合室で初対面となりました。3次検査ということで、少し緊張していましたが、調整医師とコーディネーターのKさんから、素人でも分かり易い言葉で詳しい説明をしていただきました。提供の意志確認をし、採血をして、この日は終わりました。

 それから、3ヶ月程が経過し、骨髄バンクから連絡がありました。しかし、その内容は、「コーディネート終了のお知らせ」でした。理由は、「患者さんの病状などの都合により終了となりました。」というものでした。コーディネーターのKさんから電話を頂いた際に、その件について聞いてみましたが、「詳しい状況は知らされていない。」という返事でした。私に心配を掛けさせないという配慮でしょうか?

3次検査 その2

 さらに数年が経過したある日、バンクから再度「HLA適合のお知らせ」が送られてきました。「今度はどうかな?」という思いでしたが、すぐに返信用紙に記入し返送しました。

 その後、1ヶ月ほどで担当コーディネーターのお知らせが届けられ、前回と同じKさんに担当していただくことになりました。とても親切な方でしたので、気分的にかなり安心しました。数日が経ち、しばらくぶりにKさんと電話でお話し、3次検査の日程を調整しました。前回とは異なる病院で3次検査となり、待合室でKさんと再会しました。調整医師とKさんからの説明は、前回とほぼ同じ内容でした。分かりにくいところを質問して、自分なりに理解しました。最後に、提供の意思確認をして、採血を済ませました。

 「今度こそ、移植を希望されている患者さんの力になりたい。」という気持ちでした。

■ドナー決定

 3次検査の採血がすんでから約2ヶ月が経過したころ、とても重要な通知が送られてきました。「ドナー選定のお知らせ」です。「最終的なドナー候補者に選ばれました。ご家族との面談の場を設けます。」という内容でした。その書面に記載されていた骨髄移植希望時期は約2ヶ月後でした。

 それまでは、骨髄バンクに登録したことで「骨髄を提供したい。」という思いでしたが、いざドナーに選ばれると、それまでの自分の考えを恥ずかしく思いました。ドナーに選ばれないということは、自分と同じHLA型の患者さんがいないということで喜ぶべきなのに、自分は提供したいと考えていた。待っていたわけです。本当にごめんなさい。

最終同意 その1

 ドナーに決定してから2週間後に、最終同意の面接の場が設営されました。コーディネーターのKさんから連絡を受け、指定された日時に病院に出向きました。もちろん家内も一緒です。病院玄関のところで、家内をKさんに紹介して、面談の場となる病院の会議室に向かいました。

 調整医師と弁護士も同席し、5名で面談が行われました。調整医師とKさんから、私と家内に対して詳しい説明がありました。私は、それまでもいろいろと説明を受けていましたので、最終同意の面接で考えが変わることはありませんでしたが、家内は私の話しか聞いていなかったので、かなり不安を感じたようです。その様子を察してか、弁護士の方から助け船を出していただき、再度面談の場を設営して頂きました。3日後にまた同じ病院で・・・

最終同意 その2

 最終同意の面談が流れたことで、私自身非常に反省しました。バンクに登録した本人(私)は、骨髄移植について思い入れがあり、ドナーに選定されたことで骨髄を提供する考えでいます。しかし、私から家族への説明が非常に少なかったと思われます。このため、家族と私の間に骨髄提供に対する考えにおいて温度差があり、最終同意で家内が判を押せなかった原因と考えました。帰宅してから、自分の考えを説明しました。「自分の家族も発症する可能性があり、大切な娘達が発症すればどんなことでもする。」という話をしました。家内も納得してくれて、2回目の最終同意面談に望みました。再度5人で集まり、今度はさほど時間もかからず、2人そろって同意書に署名捺印をしました。その後弁護士の方が立会人として署名捺印をしていただき、同意書の完成です。

 もう撤回は出来ません。

自己血採取

 同意書に判を押してから、約2週間で「骨髄採取施設並びに採取予定日のご案内」が送られてきました。患者さんもそうですが、ドナーとしてもいよいよ本格的な準備に入ります。

 採取予定日の約1ヶ月前に健康診断があり、今回もKさんと総合受付の前で待ち合わせをし、担当医への紹介を兼ねて同行して頂きました。担当医のN先生と初対面です。大病院の医師のイメージとはちょっと違い、とても優しい感じの医師で、いろいろと世間話を交えてお話が出来ました。

 それから2回病院に出向きました。自己血採取のためです。私の場合、患者さんが「成人男性」というお話でしたので、骨髄液をかなり多く採取することになります。(予定では1リットルぐらいと言われていました。)骨髄液を採取することで、一時的に貧血になる場合があるようで、これを防ぐために、採取後に自分の血液を返血する必要があります。N先生の説明では、「600ccぐらいを保存しておきましょう。」ということで、1回目に400cc・2回目に200ccを採取して保存しておいてもらいました。

 これで私の準備は終了です。今度病院に来るときは骨髄採取日の前日です。

 体調に気を付けなければ・・・

■骨髄採取 入院初日

 いよいよ入院する日がやってきました。10時頃に家内の運転で病院に到着。入院の手続きを取って、病衣を受け取り病室に向かいました。妙な気持ちです。それまで一度も入院経験のない私が、健康な状態で入院をするのです。病室に入って、看護婦さんからいろいろと説明を受けた後、剃毛がありました。(若い看護婦さんでしたので、正直とても恥ずかしかった。)

 午後はいろいろと診察があるということで、昼食後家内は帰宅しました。昼食を取ってからアレルギーのチェックがあり、その後麻酔科の医師の診察がありました。先生から「責任を持って担当します。」という力強い言葉を頂き、私は「お任せします。」と答えました。任せるしかないですよね。

 その後、N先生の最終診断があり、OKが出ました。しばらくすると、Kさんもニコニコ笑いながら病室に来てくださいました。いよいよ明日を待つことになります。21時頃に下剤を飲んでベッドに入りました。

入院2日目(骨髄採取)

 当日は朝5:30頃に目が覚めてしまいました。ベッドに入ったのが早かったですからね。(本当は緊張していたのかも・・・) しばらく病室のテレビを見て時間をつぶしてから、身支度を調えました。手術室に行く15分ぐらい前にT字帯(ふんどし)を付け、ちょっと気合いを入れました。

 迎えに来た看護婦さんと手術室まで歩いていき、受付に入って担当の看護婦さんに引き渡されました。

 手術前の確認を受け、いよいよ採取が始まります。麻酔用のマスクを口に当てられ、2,3回呼吸をしたところで、あっという間に意識がなくなりました。あとは全く記憶がありません。それから2時間ほどが経過していたようですが、自分としては麻酔がかかってから「間もなく」麻酔科の医師の呼びかけで気がつきました。かなり朦朧としていました。体が思うように動きません。寝かされたまま病室に移動しているのが分かりました。

 病室に戻ってから少しずつ意識が戻ってきて、自分の血液が輸血されていることに気が付きました。採取した腰の辺りは、やはり鈍く重い痛みがありました。ガーゼと少し硬めのベルトで止血をしていたようです。自分で見ることが出来ないというのは少々不安でした。

 その後、N先生が来られて採取の様子を話してくれました。

 ・ 数人掛かりでうつ伏せにしたこと
 ・ 2人の医師が両側から採取したこと
 ・ 腰のところでは5カ所の針穴が出来ていること
 ・ それぞれの針穴に針を刺したまま骨に数回刺しなおしたこと
 ・ 合計で910ccの骨髄液を採取したこと
 ・ 採取しやすく短時間ですんだこと
 ・ 内出血が少ないこと
 ・ すでに骨髄液を患者さん側に渡したこと

 ホッとしました。役目を果たすことが出来ました。

 お昼過ぎに家内が病室に来ました。麻酔の影響でまだ少し朦朧としていましたが、少し体が動かせるようになり、寝返りを打ってみると腰の広い範囲で鈍い痛みを感じました。事前に想像していた痛みは、身動きも取れない程度のものでしたので、少し安心しました。何とか夜も眠れそうだと感じました。個人的には、尿管を外してからおしっこをした時の「ピリピリ」とした痛みの方が気になりました。

 当日の夕方は、麻酔のせいか少し吐き気があり、夕食を食べることが出来ませんでした。(T_T)

 その夜は、少し寝てもすぐ目が覚めてしまい、とても長い夜でした。夜中の2時頃に少し痛みが出てきて、看護婦さんから痛み止めをもらいました。

入院3日目

 この日も5:30頃目が覚めてしまいました。腰の痛みは昨晩に比べてずいぶん楽になりました。(まだ痛み止めが効いていたのかもしれませんが・・・)。次に恐る恐るおしっこをしたのですが、痛みがなくホッとしました。食事も取ることができ、通常の体調に戻ってきているようです。8時頃、N先生の診察があり、ガーゼを張り替えながら採取跡を見て、「綺麗ですね。」と言って頂きました。次に歩行テストをしました。多少痛みがありましたが、特に問題がなさそうだったので、歩行の許可が出ました。昼食前には点滴も外れ、早速売店まで新聞を買いに行くことにしました。エレベータで下りていき、途中階段も使いましたが、問題なく行ってくることが出来ました。それから後は暇でしたので、新聞を読んだり、テレビを見たり、持って行った本を読んだりして過ごしました。ただし、長時間椅子に座っているのは少々辛かったため、ベッドに横になっていました。

 看護婦さんに体を拭いてもらったときは気持ちよかったですね。

入院4日目(退院)

 予定では、この日に退院となります。朝食を食べた後、早々に荷物をまとめてテレビを見ていました。

N先生が診察に来られました。体調・採取跡を確認した後、退院の許可がおりました。数日間は、自分でガーゼを張り替えなければいけないので、その手順も教えてもらいました。家内の迎えを待っている間、Kさんが見舞いに来てくれました。お互いに「ありがとうございました」とお礼を言い、私から採取後の状況を説明し、退院の許可が下りたことを伝えました。

 あとは患者さんにがんばって頂くだけです。

 腰の鈍い痛みのせいか、帰りの家内の運転が非常に乱暴に感じました。

■退院後の自宅療養

 財団法人骨髄移植推進財団が作成している『骨髄提供者となられる方へのご説明書』補足事項 (2004年1月一部改訂)には、骨髄提供者の提供後3ヶ月アンケートの集計結果が掲載されています。ここには、「何日後に通常の生活に戻ったか」というアンケートの集計結果グラフも掲載されています。この集計方法は、提供日を「0」としており、大まかな目安として考えることができ、およそ6日間でほとんどの提供者が復帰されているようです。参照してください。

財団法人骨髄移植推進財団トップページ>骨髄提供について>提供者のアンケート結果
http://www.jmdp.or.jp/donation/question.html

 私の場合について書いてみます。退院してからの体調は、通常の生活には全く問題なかったのですが、椅子の背もたれに採取箇所が触れたりすると、少しズキッとすることがありました。(お風呂に入った時もそうでした。)また、採取箇所の消毒も欠かせません。このため、自宅にて3日間療養してから、職場に戻りました。このころになると、傷口のかさぶたも取れ、消毒も不要となりました。走ることは出来ませんでしたが、歩いても階段を昇っても、特に支障はありませんでした。普段は忘れていることが多かったのですが、不意に不自然な体勢を取ると、ズキッと痛むことがごく偶にありました。結局私の場合は、入院で4日・自宅で3日(計7日)を過ごしました。提供日を「0」とすると、5日間の療養で6日目に職場復帰ということになります。

 私の経験では、デスクワークをされている方は、退院翌日でも出勤可能と考えますが、電車などで通勤し無理な姿勢を取ることがある場合は、気を付けた方がよいと思います。肉体労働をされている方が、退院翌日から職場復帰をすることは、かなり大変だと思われます。数日間の自宅療養が必要ではないでしょうか。

現在

 現在では、採取箇所の痛みは全くなく、後遺症もありません。わずかに残っていた針穴跡も薄くなってきて、気を付けて探さないとわからないほどです。
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