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ドナー体験記



もともと献血マニアの管理人が骨髄採取をすることになりました。
当人は軽い気持ちで望んだのですが、結果は数少ない入院延長ということに
なってしまいました。
これは、いたずらに骨髄採取に対する不安感をあおる気持ちは全くなく、
これから骨髄採取に望む方に、このようなリスクもあるという意味で
読んで頂ければと思います。


http://blog.livedoor.jp/nippon01/  管理人のブログです

1.バンク登録のきっかけ

骨髄バンクへの登録は、あまり記憶が定かではないくらい昔。
同時に、なぜ登録したかも分からないくらいの軽い気持ちでした。
もともと、献血は数多くしており、立派な『献血マニア』でしたから、
その延長線として考えていたんだと思います。

どこかで、人生50:50。善い事、悪い事はちょうどバランスする。
だから何か《人の為に・・》とは考えていました。
ただ、いわゆる人と接する《ボランティア》は自分にはできそうにもない、
でもこんな形ならという意識はあったと思います。

2.HLA一致

登録後、すぐに一次判定が一致、二次判定へ向けての採血の依頼が来ました。
『なぜ通常の献血と一緒に休日に 行けないのだろう?』
と思いながらも、平日の午後に献血センターに行ったことを覚えています。
それ以降全く音沙汰が無く、
『そんなに簡単に型が一致するものではないなぁ』
と思いながら、二次判定をしたことすら記憶の奥底でかすんでしまっていました。

おそらくそれから7〜8年が経ったのではと思います。
ある日突然、骨髄移植推進財団から一通の封筒が来ました。
いつもの会報ではないので『?』と思いつつ開封すると、HLA型適合の通知でした。
最終同意へ向けてコーディネートを進めたいが? という内容でした。
はじめから骨髄採取をして頂く事が目的でしたから、
同意の旨の回答を返送したことは言うまでもありません。

3.2回のコーディネート中止

早速財団から連絡があり、希望の病院で骨髄移植に関する説明と確認検査を
行いたいとのことで、距離的にも近い病院を選んで確認検査と説明を受けました。
これも二次検査同様、平日に行われ、移動時間を含めるとほぼ半日の行程です。

骨髄移植に関する資料もいろいろと頂き、
『いよいよ、始まるのか』と思っていた矢先、コーディネーターさんから
『先方さんの都合で今回のコーディネートは中止させて頂きます』
との連絡。先方さんの病状の悪化、治療方針の変更等々理由は教えてもらえない
とのことでしたが、中止の連絡は残念な気持ちと同時に正直拍子抜けした気持ちでした。

それから2〜3ヵ月後、また財団から封筒が・・・・内容は同じくHLA一致の連絡。
前回の患者さんの状況が変わって、急遽移植が決まったのか
と思うような短期間の話でした。
しかしながら、このお話も結局中止になり
『骨髄移植っていったいなんなんだろう?』
と首を傾げつつ、
『中止の理由くらいは教えてくれても・・・』というのが率直な考えでした。

4.再度のHLA一致

2回目のコーディネート中止の連絡を頂いてから1ヶ月後、
3回目のHLA一致の連絡が来ました。
しかも、今度は先方さんの御都合で移植を急がれているとのこと。
2ヶ月位を目処に移植をさせて頂きたいとのことでした。
『こりゃまた急な話で・・』
と思いつつ、奥さんに相談。でも奥さんは猛反対。
最後はこちらが押し切る形で何とか了解を取り付けて、同意の回答をしました。
コーディネーターさんも
『何度も何度も申し訳ありません。三度目の正直ですかね?』と。

5.確認検査そして再検査(採取4ヶ月前)

3回目の確認検査。病院の看護師さんとも顔なじみになってしまって
『何度か来られてますよね?』
『はい3回目です。』
ところが、日ごろの不摂生がたたってか、γ-GTPと血小板の数値が基準外れで再検査。
それまで、浴びていた酒をたしなむ程度に抑えて半月後に再検査。
結果は上限近くで基準内、正直『よかった、よかった』

6.またまた保留(採取3ヶ月前)

数日後、コーディネーターさんから連絡があり
『一旦、コーディネート保留にさせて下さい』
とすまなそうな声が・・、保留は慣れっこになってしまったので
『ああ、またか・・・』というのが実感

なんでも、第一候補のドナーさんがおられて、その方がNGになられたらお願いしたい。
但し、先方さんが急がれているので、第一候補の方がNGになった場合、
最終同意以降のスケジュールは非常にタイトになるのでよろしくとの事。
ひょっとして、骨髄移植の体制というのは、確立されていないんじゃないのかな?
とふと思うけれども、これまで同様待つのみ。

7.ドナー選定(採取2ヶ月+1週間前)

保留の連絡をもらって約一ヶ月。
『今回もドナー選定はないな』と思っていた或る日、
聞きなれたコーディネーターさんからの電話
『ドナーをお願いできますでしょうか?あまり、採取までの時間はないんですが』
『もちろんよろしいです。ただ、二週間前に肩を骨折してしまって
いるんですが大丈夫ですか?』

そうなんです、不注意から肩を骨折。この時はまだ肩を固定している状態だったのです。
この後、整形外科の先生と相談。採取予定日あたりには
骨も繋がっているだろうから大丈夫でしょうということで、無事ドナーを承諾。
しかしながら、これで、ドナーへの道が繋がったという実感は湧いてきませんでした。

8.最終同意(採取2ヶ月前)

ドナー選定の連絡から一週間後、いよいよ、最終同意の日。
場所はすでに通い慣れた病院。今回は奥さんも同席して
先生とコーディネーターさんからのお話を聞くことになりました。

すでに奥さんの同意はもらっているものの、
やはり心配してくれているようで、顔つきは暗い。(申し訳ない)
自分としても、過去の採取に伴う事故事例が気にはなるけれども、
自分がその僅かな確率に当たるとも思えず。『大丈夫だろう』と軽い気持ちで
同意書にサイン。
この時初めて、自分が骨髄採取をするドナーになったという実感がわいてきた。

採取までは日程的に余裕がなく、一ヶ月後が骨髄採取の予定になった。
『慌しくて申し訳ありません。』
と言われたけれども、仕事の都合等、むしろ、短期間で進めて頂いた方が
こちらとしても有難かった。

9.再検査そして自己血採取(採取10日前)

最終同意から一週間後、自己血採取の日。
総量600ccを二回に分けて取ることになりましたが、
それ位なら一回で採ってもらっても構わないけどなぁと思っていた矢先。
『今朝の血液検査の結果で、またγ-GTPが外れて、今日は採取できません』
飲酒は控えていたつもりだったけれども、上限をわずかに超えて
採取不可となってしまった。

『来週もう一度来て頂けますか?それまで、極力飲酒は控えて頂きたいんですが・・』
すまなそうなコーディネーターさんの顔、と同時に言葉の裏に
『禁酒して下さい』という意思が汲み取れた。というわけで以後禁酒する。
ここ、十数年、酒を抜いたことは無かったけれども、今度ばかりは強い意志で禁酒を貫く。

結果、次週の検査結果は上限ながら基準内。
とはいえ、γ-GTPが高い原因を確認するということで、超音波検査を受診。
肩骨折といい、γ-GTPといい、なんて不良ドナーなんだろうと強く反省。
幸い、とくに問題が無かったようで、麻酔科の術前検診(問診だけですが・・
ここでも禁酒を強く言い渡されました)後、自己血採取をして終了。

さらに一週間後、二回目の自己血採取時にはγ-GTPも幾分好転し無事終了。
次に病院へ来る時は、約10日後、いよいよ骨髄採取の入院日となる。

10.入院(採取1日前)

いよいよ入院の日です。
午前中にいつもの外来窓口でコーディネーターさんと待ち合わせ。
これといった手続きもなく、病室へ。

病室はなんと個室。こんなにしてもらっていいのかな?とまたまた恐縮。
その後、腕輪をつける。なんでも患者さんの誤認を防止する目的らしい。
生年月日と名前が書かれた腕輪が左手首に巻かれた。

初日は、血液検査・尿検査・麻酔科受診の後、今後の予定の説明を受けて終了。
先生方も妙に腰の低いかたばかりでどうしようかと思ってしまうくらい。

明日の骨髄採取へ向けて、21時以降絶食。明朝5時以降は飲み物も駄目。
幸い夕食は18時。初の病院食を頂く、なかなかおいしい。

やはり、病院の夜は早い。19時に面会時間終了で21時に消灯。
『眠れなかったら言って下さい。薬出しますから』と看護師さん。
まあ、多少寝不足でもこれから十分寝られるし・・・・と思いつつ
ベッドへ入ると、いつの間にか夢の中へ。
そうそう、術後につけるT字帯(ふんどしです)を売店で買ってきました。

11.骨髄採取日
[◆朝◆]

病院は朝も早い。特に起床時間は決められていないけれども、
消灯で消された電気が6時に点灯する。夏の盛りでもあって、さすがに明るい。

今日はいよいよ骨髄採取の日。朝5時に目が覚めた。
9時の手術室移動時間まであと4時間、何も口に出来ないし、どうしようかと
考えた末、退院までシャワーも使えないことを思い出して、シャワーを浴びる。

8時過ぎに奥さんが来る。心配そうな顔付き。『大丈夫、大丈夫!!』
9時を少し回ったころ看護師さんがこられて、術着に着替える。
当然ながら下はすっぽんぽん。そしてT字帯を渡す。
そのままストレッチャーに乗って手術室へ。
特別な通路でもあるのかと思っていたら、普通の廊下を通って行く。
すれ違う人が珍しそうに見る。
そして、いよいよ手術室へ到着。
手術室前で病棟の看護師さんから術場の看護師さんにバトンタッチ

[◆骨髄採取開始◆]

『おはようございます。○○です。よろしくお願いします。』
うーんさすがに場慣れした感じ。妙な安心感。

手術室に入るなり、
『体の様子を見る線をつなぎますねぇぇ(表現はちがったかも)』
『左手に針刺しますねぇぇ』『はい、酸素出ますねぇぇ』
とまあ、てきぱきと事務的と思えるくらい準備が進んで行く。
手術室の中をじっくり見ようと思ったけれども、体を起こさなくてはならず、
そんな事が出来る雰囲気でもなく、仕方なく大人しくなすがままに・・・。

そして、いよいよ
『(左手の甲にさした)針から眠くなる薬入れますねぇ、
ちょっとしみるかもしれませんよぉ〜』
『きたきた!!』
『中途半端に麻酔が効いて、本当は痛いのに口が利けなかったらどうしよう』
などと思っているうちに、左手から冷たいものが入ってきた。
と思ったら、視界がどんどん小さく遠くなっていく。
『気が遠くなるっていうのはこんな感じなんだろうなぁ』と思いつつ
目が自然と閉じる。・・・・・・・・・

[◆術後◆]

次の瞬間
『大丈夫ですかぁぁ?終わりましたよぉ・・♪』と看護師さんの声
『えっ!!?何が?』『何か途中で問題が起きて骨髄採取しなかったのかな?』
と思い、目を開ける。まだ手術室だ・・。
『あっ!!腰に痛みがある!!!』
その感覚で、初めて骨髄採取が終わったことを認識したのでした。
手術中の感覚は全くなし!!!!!。恐るべし現代医学。

『どうです?大丈夫ですか?』再び看護師さんの声。
徐々に体の感覚が戻ってくる。
『大丈夫です』と言おうとするけれども声がうまくでない。かすれる。
腰の痛み、のどの痛みに次いで、唇の痛みに気づく。
『く、く、唇が・・・・・・い、た、い・・で・・す』
『ああ、管が当たって切れたかな?』ちょいちょいと薬を塗ってくれた。
『じゃあ、お部屋帰りますね』
手術室を出たところで奥さんが待っていてくれた。
目いっぱいの笑顔で無事をアピール。
そして来た道と同じ道(のはず)を通って、ストレッチャーで病室へ。
さすがに帰りは意識はあるけれども、良く覚えていない。

[◆病室◆]

病室へ戻るとベッドへ移動、自分では自力で移動したつもり
だけれども、結局ベッドへ移してもらった。
このとき、左手に点滴が繋がっていることに気づく。そして、術後の採血。

『うっ、おしっこしたい』
あちこちの痛みに続く、新たな感覚。しかし、予想通り管が入っている。
『すいません、すごくおしっこがしたいんですけどぉぉ』看護師さんに懇願。
本当にもれそう(管が入っているのに?)だった。
『ちょっとまってくださいねぇ』
と、看護師さんが管を抜いて、尿瓶をあてがってくれる
『どうぞ、いいですよ♪』
布団の中とはいえ、そう出るもんじゃない。
頑張ってもでない???あれ?????
そうこうしているうちに尿意が嘘のようになくなった。
『まっいいか』
それから30分おきに看護師さんが様子を見に来てくれた。そのたびに
『大丈夫ですか?なにか具合が悪かったり、不都合な事ありませんか?』
と、気をつかってくれる。ありがたいことです。

ふと時計を見ると、午後2時半。病室に帰ってきたのが12時頃。
ずいぶん体も意識もしっかりしてきた。
のど飴を口に含む。これはHPに書いてあったので持って来たけれども
本当に重宝した。喉の痛みがずいぶんと軽くなった。(感謝♪)
腰には鈍痛がある。重いといったほうが正解かもしれない。
なんとか痛みには耐えられると思ったが、看護師さんに言われた
『無理しないで下さいね』
という言葉にほだされて、鎮痛剤をもらう。
これがまたよく効く!痛みが嘘のように軽くなった。

[◆起動◆]

こうなるともう、じっとしておれない。
まずはT字帯からパンツへ着替えて室内を歩いてみる。薬のせいか腰はさほど痛くない。
『明日には走れるかも?』と思うほど。
午後4時頃、先生がガーゼ交換に来る。テープをはがすのが、これまた微妙に痛い。

『出血も止まってますね。傷口もきれいですよ』
傷口を奥さんがデジカメで取って見せてくれた。
うーんまさしくホチキスでとめたような傷口だ。取るとき痛そう(泣)

そして忘れていた尿意が・・・・これまた先人の体験記で痛いと
聞いていたので覚悟して出す。
イ!タ!イ!!!痛いなんてもんじゃない。
腰の痛みのほうがよっぽどましかも?と思うような痛み。これはキツイ!!
『最初のおしっこは見せて下さいねぇ』と看護師さんに言われていたので、
そのまま看護師さんを呼ぶ。ちょっと恥ずかしい。
『血尿も出てないみたいですね。大丈夫ですよ』
当人は大丈夫じゃないんだけど・・・・・

夕方、コーディネーターさんが病室に来られて
『骨髄液は無事先方さんに届きましたよ』と教えてくれた。
手術中、待機して、採取したての骨髄液を持って行かれたそう・・・まずは良かった。

この日はおかゆの夕食を食べて大人しく就寝。
仰向けだと腰の傷が痛むのでなるべく横向きになる。
左肩はまだ骨折が癒えていないので、必然的に右向きのみ。
『今日はいろいろあったなぁぁ』と今日一日を振り返っているうちに
いつの間にか熟睡・・・・・・・・。

12.骨髄採取翌日

朝5時半に目が開く。さすがに体が疲れていたのか爆睡。
朝の採血・検温・脈拍・血圧測定と行事を済ませると、あとは何もすることがない。
腰の痛みは鈍痛から切り傷の痛みに変わって軽くなった感じ。
でも、トイレは苦痛・・泣

今日からは食事も普通食、安静も規制なく全く普通の生活。
ただ、さすがに脚をドンドンするとちょっと腰に響くかな?
まあ、骨に穴を開けたんだからこんなもんか。
朝食後、シャワーで洗髪。傷のガーゼに防水シールを貼れば全身洗えたけれども、
傷口付近を触られるのはさすがに躊躇われ洗髪のみ。
ちょっと気分転換。
あとは高校野球を見ながらまどろむ一日でした。

13.退院(採取後二日)

いよいよ今日は退院。やはり、6時前に目が覚めてしまった。
朝の行事(採血、検温、血圧・脈拍測定)を済ませた後、
奥さんと一緒に荷造りを始める。
奥さんには心配かけたけど、順調に終わってよかったと実感。

9時前に先生が来られて、
『貧血も特に問題ありませんし、経過も良好ですので、
予定通り本日退院して結構です。大変でしたね御苦労様でした』
『ただ、引き続き鉄剤と抗生物質は無くなるまで服用して下さい』
とにこやかに話してくれた。

昨日の夜から、歩く時少しお尻が痛むので併せて鎮痛剤を処方してもらう。
そして、いよいよ抜針。そうです、ホチキスの針外しです。
正直激痛を覚悟しましたが、『あれ??』というくらい痛みもなく、難なく終了。
『傷もきれいにふさがっていますね。良好です』
『写真撮られますか?』
『はぁ?』
それは奥さんに向かって先生が言った台詞でした。で、奥さんがまた傷口をパチリ。
さて、これですべて終了です。
その後、コーディネーターさんが病室に来られて
『本当にありがとうございました』
と御丁寧に御挨拶を頂き、かえって恐縮。

11時、退院です。
見送りなんかは期待してなかったけれども、『どうぞ御自由にお帰り下さい』
という感じで奥さんと二人っきりで病室を後にしました。
奥さんの運転する車で『終わったなぁ』としみじみ思いながら帰路についたのでした。

14.暗転そして緊急再入院(採取後二日)

帰宅して昼食後、なんとなく体がだるく、体温を測ると37.2度。
朝からの微熱です。明日から仕事もあるし、そのまま昼寝を決め込み。

2時間後、寝返りをうった時に激痛が走り、目が覚めました。
朝から軽い痛みのあったお尻が激痛に変わっていました。
起き上がることもままならず、必死に起き上がって歩こうとすると、
右足を着くたびに激痛が走り、つかまり歩きでなくては前に進めません。

すぐに鎮痛剤を飲んで横になりましたが、
あんなに直ぐ効いた薬が全くと言っていいほど効きません。
座っても、寝ても痛みは変わらず身動きが出来ない状態です。
さすがに、これは異常だと思い、
骨髄採取をした病院に連絡し診察をしてもらうことにしました。

午後7時病院に到着。日曜の夜ということもあってか、
夜間救急は大勢の人がおり、診察を受けたのは午後9時を回っていました。
直ぐに採血をして血液検査です。
午後10時過ぎ、血液検査の結果、炎症値と白血球の数が高く、
今後もさらに高くなる可能性があることから、観察入院ということになり、
午後10時半過ぎ、再入院となりました。

この時の奥さんの心配そうな顔は一生忘れないと思います。
入院してベッドに横になると直ぐに抗生剤の点滴が開始されました。
点滴終了後も痛みが一向に軽くならず、横になっていることすら辛い状況になり、
さすがに看護師さんに鎮痛剤をもらうことにしました。

『これ、効きますよ。楽になると思いますけど・・』といって薬をくれました。
案の定、座薬でしたが、好き嫌いは言っていられず、座薬を挿入。
約30分経った頃から徐々に痛みが軽くなり、身動きすると痛みが走るものの、
じっと横になっている分には目を閉じられる位に好転。
『いったいどうなるんだろう』という不安感と
『明日からの会社どうしようか?』という心配、
そし時折来る痛みでまどろむ程度が精一杯の夜を過ごしました。

15.再入院初日(採取後三日)

朝、痛みは相変わらず激しい。まともに眠ることもできず、
いつ寝たのか、目覚めたのかぼんやりしている。全身汗まみれ。

『前におられた病室が使えますけど、どうされます?』と看護師さん
御好意に甘えさえて頂いて元の個室に戻させてもらう。
移動がまた苦痛。起き上がるのに全体力を使い、
さらに壁をつたいながら一歩一歩病室へ向かう。

病室について、横になっても決して楽ではない。
少しでも痛みの少ない体勢を探すが、体を動かすたびに激痛が走る。
そのうち、探すこともやめてしまった。
朝の採血と抗生剤の点滴。左腕には点滴用のプラスチックの針が入ったまま。
そして、右手にあの、名前を書いた腕輪がまたつけられた。

昼頃、先生が病室に来られる。
『血液検査の結果、炎症反応の値が更にあがっています。
多分採取部から菌が入って炎症を起こしているんだと思います。』
『念のため、骨髄炎の可能性も考えながら検査・治療をさせてもらいます。
いづれにしても二、三日入院して下さい。』

二、三日?今日から仕事がピークを迎える。
この時期の離脱は周りにも大きな迷惑をかける。
ともあれ、上司に連絡。二、三日はかかる旨伝える。
併せて、会社からデーターをPCへ転送してもらう。
こんな状態で仕事ができるか?無茶か?

抗生剤の点滴は朝夕、鎮痛剤は極力我慢して耐えられなくなったら服用という生活。
体温が38度近くある、寒気は無い。風邪の発熱とは感じ方が違うようだ。
コーディネーターさんが病室に来られる。
『大丈夫ですか?御迷惑をおかけして申し訳ありません。』
『いえいえ、かえって御迷惑をお掛けしてるのはこちらですから』
これは本心。迷惑かけてるなぁと申し訳なく思う。
大丈夫ではないが・・・・・全身が痛みの塊になったよう。
どこもかしこも痛い気がする。

16.再入院二日目(採取後四日)

朝の採血、検温、脈拍・血圧測定、そして朝食後に抗生剤の点滴が日課になった。
今日はCT撮影をするとのことで昼過ぎに看護師さんが病室に来てくれた。
『車椅子で行きますね』
確かに歩くのはしんどい、でも車椅子に座っているのも痛い。
しかし、飛んでいくわけにもいかず、車椅子でCT検査室へ移動。
造影剤を注射して撮影。CT自体は前に経験もあり、何事もなく終了。
ふたたび車椅子で病室へ戻る。

夜、先生が来られて、明日さらにMRI撮影もするとのこと。
だんだん、大変なことになってきた。
この日は痛みが収まらず、眠れない夜となった。

17.再入院三日目(採取後五日)

朝の検査、朝食、点滴といつも通りの午前中を過ごす。
症状の改善は全く感じられない。11時頃痛みに耐えかねて鎮痛剤を服用。
昼食後、MRI検査。看護師さんに車椅子を押してもらって検査室へ向かう。
検査室の入り口からMRIまでの10mほどの距離を歩くのが辛い。
『車椅子使われます?』
と看護師さんに言われるけれども、車椅子の乗り降りがもっと痛いし、
座っても決して楽ではない。結局ヨタヨタと歩く。

検査台に横になる。お尻の痛いところがまともに当たってたまらない痛み。
再び造影剤を注射されて検査開始。
MRIはどこでもやかましいが、ここは耳栓を渡された。
病院によってはヘッドフォンから音楽を流すところもあった。
いろいろ考えるものだとちょっと感心。

検査時間は約30分位。その間、激痛との闘い。
手に持っていたタオルを握り締める。全身冷や汗でグッショリ。
永遠に続くかと思われた検査も終了。
『汗かいちゃいましたね、痛かったですか?』
さすがに看護師さんは状況が直ぐわかるようで、思わず感心。
そこから体を起こすのが大変で、検査技師の男性に
『すいません、襟つかんで引き起こして下さい』
と頼んで引き起こしてもらった。体に力を入れると全身に激痛が走るから。
それでも激痛が頭のてっぺんまで駆け抜けた。
『いたたたたたた・・』思わず声が出てしまった

あとは、来た時と同じように病室へ戻る。
病室に帰って横になろうとした時、ふと痛みが軽くなっていることに気付く。
腫れ物や、筋を違えた時など、思い切って動かした方が楽になる時がある。
そんな簡単なものではないと思いつつも、わずかな希望を持って、その日過ごしました。
しかし、夜は相変わらず痛みで眠れず、うつ伏せになって痛みをやり過ごす術を身につけました。

18.再入院四日目(採取後六日)

今日は整形外科を受診。
これまでの検査結果から痛みの原因を説明してもらいました。
結論としては、原因は分からない。
但し、外科的な炎症や異常は見て取れないとの事でした。
但し、痛みの指標になる血液検査の炎症反応が
0.2以下の基準に対して最大16.0もあったそうです。
『この16っていうのはすごいと思うよ』
と、整形外科の先生も感心されてました。

幸い、この数値も一昨日をピークに下がって来ており、
改善の方向に向かっているとのこと。
確かに、昨日の痛みの軽減と話が合うので一安心。
この段階で、さらに経過観察となり、結局、一週間の入院が決定となりました。

それを受けて、改めて診断書を頂き、会社へFAXで送付。
経緯を上司に電話で説明となりました。
今回の件では、会社の上司・同僚の協力がなければどうなっていたか、
只々感謝するのみです。

19.再入院五日目(採取後七日)

今日も整形外科を受診。
診断の結果は事前に担当の先生からも聞いていましたが、
やはり炎症に繋がりそうな原因は認められないとのこと。
炎症反応は、採取後の退院時1.7、再入院時3.5、そして今朝が5.0.。
一時の16.0と比較すれば劇的な改善。
但し、まだ再入院時よりは高い。当然、痛みは残っている。

そして心配された骨髄炎にはなっていない。
あとから先生に聞いた話だと、骨髄炎になると患部を切開して骨を直接消毒するらしい。
それを聞いてまさに『ぞっ!!』とした。
ともあれ、整形外科の診察は本日で終了となる。

夜になって、先生が病室にこられて
『いかがです?数値的にはずいぶん落ち着いてきています。
この調子だと、3日後には退院して頂けるかと思います。』
と、待ち焦がれた言葉を言って頂いた。
確かに、今日は再入院後、初めて鎮痛剤を服用しなかった。
やせ我慢ではなく、それが快方への道標になりそうだったから。
とはいえ、この痛みが3日後に、すっかりなくなるとは、その時には思えなかったのも事実。

20.再入院六日目(採取後八日)

いつもの朝を迎えた。が、お尻が軽い。
そっと寝返りを打ってみると、昨日まで冷や汗をかいていたのが嘘のように痛みがない。
確かに仰向けになると圧迫痛はあるけれども、比較にならない。
『やったぁぁ』と一人心でガッツポーズ。

看護師さんが朝の採血・検温にやってきて
『どうですか?まだ痛みます?』
『いえ、ずいぶん軽くなりました。』
『それはよかったですね、炎症反応もさがってきたみたいですし。
あとで検査結果出たら持ってきますね』

体温も36度。普段よりは多少高い気がするが、
3,4日まえの37度、38度に比べればはるかに楽になった。
病室内を歩いてみる。多少まだ痛みは残っているが支障はない。
『この痛みはなくなるというよりも慣れていくしかないんだろうな』とふと思う。

トイレに入っている間に看護師さんが検査結果を持ってきてくれていた。
炎症反応は3.6。あと一息。
昼過ぎに先生が来られて、
『炎症反応も3.6まで下がりました。売店位なら出歩いてもいいですよ』
『明日の朝の血液検査の結果を見て、数値がよければ、
最後に点滴をして退院して頂く予定です』
これは、体を慣らしておきなさいという御指示と受け取り、
まず、久々のシャワーを浴びる。実に気持ちがいい。
ベッドに横になっても体がしんどくないせいか、眠れない。
久しぶりに<暇>という贅沢な気分を味わう。

21.再入院七日目・退院(採取後九日目)

いよいよ退院予定の朝。
いつもと変わらず、看護師さんが採血、検温、血圧・脈拍測定に来られる。
『ずいぶんいいみたいですね』
『お蔭様で、ずいぶん良くなりました。痛みもほとんどなくなりました』
そう、ほとんどです。多少の痛みは、やはり残っていました。

朝食後、抗生剤の点滴
『これが終わったら、退院ですかね』
血液検査の結果もよかったようで安心。
点滴終了後、入院中ずっと入っていた(左右の腕の差し替えはあった
けれども)点滴用の針が抜かれた。

その後、先生が来られて、
『長期間に渡り、申し訳ございませんでした。
今回は、退院後抗生剤の経口投与ということをせずに
点滴で徹底的に治療させて頂きました』
『炎症反応も下がりましたので、もう問題ないと思いますがいかがですか』
『多少押したり、歩いたりすると痛みが残ってますけれども、
大丈夫です。ありがとうございました』
この会話をもって入院生活は終了。

手首の腕輪を外して、再びあっさりとした退院。
前回と違い、今回はこちらが、頭を下げて御挨拶に伺いたい気分でした。
その後、一週間前と同じように奥さんの運転する車で自宅へ、
でも、体調・採取部の痛みは今日の方がはるかに良い。
これなら、明日から会社に出社できそう。

22.その後

今日で、退院から三週間が過ぎました。
お尻の痛みは全くなくなりました。直接押すと違和感が残る程度です。
以前のように走り始めました。多少採取部付近の痛みが出ますが、
問題なく生活できるレベルです。

今回の骨髄採取では予想外のアクシデントがあったとはいえ、
奥さん、家族、そして会社の人達に大きな迷惑と心配をかける結果に
なってしまいました。

勝手な言い分ですが、骨髄採取をしたことは後悔していませんし、
むしろ誇りに思う位です。
併せて、病院の方々、コーディネーターさん、家族、会社人達にも
非常に感謝しております。

私自身も骨髄採取を軽く考えていた部分が多分にありましたが、
現状では、今回のようなリスクが発生する可能性はゼロではなく、
その際に、周囲の人々が好意的に受け止めてくれるかどうかを
しっかり見極めてから採取に踏み切るべきだと考えます。

近年の医療を含めた科学技術の進歩は目覚しいものがあります。
骨髄採取技術がもっとローリスクで実施できる技術に
早期に改善されることを希望してやみません。
それが、とりもなおさず、今後の登録者・提供者の増加に繋がるものだと思います。

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