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ドナー体験記

私のドナー体験記

「どうしてドナーに登録したんですか?」
いろいろな人に聞かれましたが、覚えていません。確か献血ルームに行ったついでだった気がします。献血は献血ルームでゆっくりできるのが好きで、よく行っていました。献血の延長にあるものかな、と軽く考えていました。登録したことすらすぐに忘れてしまいました。ただぼんやりと、とある俳優が白血病から復帰したことが印象に残っていて、「あんなふうに一人でも多く助かったらいいよねえ」とは思っていました。

登録から長い年月を経て、ついに移植することとなりました。
私は日本人に多いHLA型なのでしょう。適合通知が来たのは今回で五度目でした。自分でも正確な回数を覚えておらず、三度目だと思っていました。二度の検査が記憶に残っているのは、血圧が低すぎて廊下を走った回と、採血後止血を失敗して袖が血まみれになってしまった回です。それまでの四回は、途中の検査で中止になりました。
六年ぶりに適合通知の封筒が届いた時も、「また検査止まりかな」と軽い気持ちでした。ところが今度は五度目の正直で決まりました。コーディネーターさんも決まりました。改めてなかなか大変なことらしいと調べてみてわかりました。そしてそうなると周囲から「なぜ?」と聞かれることが増えたのですが、シンプルな答えしか思いつかないんですよね。あの俳優さんみたいな人が増えたらいいんじゃない、という気持ち。ですから敢えて動機を答えるとしたら、献血の延長ですね。
同じ県内でも採取できるのですが、県内の病院は予約がうまっていたので、隣県で実施することになりました。採取本番まで、検診、麻酔科での説明、自己血採血のため隣県まで向かうことになります。リスクについての説明は、最終同意前に家族を前にしてかなり詳しく教えてもらえましたが、移植病院での説明はほんの十分で終わりました。麻酔かの担当医は「うちは一ヶ月の二人は受け入れていますからね」と太鼓判を押されました。年に数例かと勝手に思い込んでいた私は驚き、安心しました。二週間に一度ペースで行っているなら、これはもう余裕ではないですか! もう不安はありません。 一度目の自己血採取からは、鉄剤を処方されました。私は幸い副作用が軽かったですが、人によってはあわないとか。 私の職場の場合、骨髄移植休暇が名目上はありますが無給です。仕方なく有給を使いました。職場がもっと協力しなければ、提供は進まないと思います。これは正直何とかならないかと思いました。

さて、いよいよ採取です。
前日の午後に入院。前日は移植チームの皆さんから丁寧な説明があります。この日は日付がかわるところから絶食。実質的に夕食からしばらく食事を食べられません。病気しているわけでもないためかなかなか寝付けません。消灯自国を過ぎてもぼーっとしていました。睡眠薬を希望すればもらえるそうです。全然緊張もせず、ベッドの中でスマホをいじったり、携帯ゲームをしたり、読書していました。
翌朝は七時から水も飲めなくなります。この日は売店で購入したT字帯か、おむつをすることになります。私はおむつをしました。手術着に着替え、車椅子で手術室に。この時はまだ歩けたので、なんだか照れくさかったです。手術室前は当たり前のことなのですが、執刀医やスタッフの皆さんがいて「すごい、ドラマみたい」と能天気な感慨が浮かびました。この感慨は手術室で丸いライトを見たとき頂点に達しました。手に点滴を刺され、口に酸素マスクを装着されて、いよいよ採取です。麻酔ですが、いつかかったか思い出せません。ワクワクしていたと思ったら、意識がぷつりと途切れました。

数時間後、気がつけば病室に戻りました。昼寝のあとみたいな気持ちです。帰りはベッドを運んで来て、そこに寝かせて戻すようです。窓の外は少し日が傾いています。16時半くらいでしょうか。腕時計を外していたため、時間の確認ができません。左手には点滴、股間には尿道カテーテル。コーディネーターさんがいらして、挨拶をしてゆきます。それから先生方が数名いらして、話を聞くと夜の七時まで飲食禁止、点滴、続行。八時までカテーテルもいれっぱなしという説明はありました。
あ、施術当日はおむつかT字帯だから関係ありませんけど、次の日からはパンツが見られますよ。強烈なパンツは敢えて受け狙いで履くか、やめるか、決めておくのがいいですね。相手はプロなんて、いちいちパンツの柄なんて覚えてないでしょうけど。
術後、痛みよりつらかったのは退屈であること。そーっと起き上がり、抽斗からスマホと本を取り出し、メッセージアプリで家族に無事を報告しました。喉がいがらっぽくなったのでティッシュに吐き出すと、血痰が出てぎょっとしました。麻酔の時に喉が傷ついたのでしょう。喉の痛みがある人もいるそうですが、私は大丈夫でした。動くと点滴がずれてしまうのでご注意ください。スマホの充電ケーブルは1メートル以上のものをお薦めします。それだと充電しながらいじることができます。
七時になると夕食が食べられました。食べやすいように小さなおにぎりが出されました。このおにぎりのかすかな塩気がおいしいのなんの。空腹は最高の調味料とはよくいったもので、およそ一日の絶食を経ての夕食は最高の味わいでした。点滴は針が曲がってしまっているので、この時点で外してもらいました。 夕食から数十分後、背中が猛烈に痛くなりました。
「うおぉおぉぉ、我慢しろ……いやもう駄目だ!」
ナースコールを押して痛み止めを一錠。
「あああああ……まだ駄目だ!」
我慢できずにもう一度ナースコールをしましたが、時間をおかなければ痛み止めは服用できないとのことでした。このあと寝返りを打ち横向きになったら痛みが引いてゆきます。単純な話で、患部を床から離せばいいわけです。ところが横向きになると脚でカテーテルの管を挟んでしまうのが嫌で、なかなかそうできなかったのです。八時になって痛み止めを追加し、カテーテルを外しました。やっとベッドから起き上がって少し歩きましたが、数メートルで疲れ果てててしまい病室に戻り、おとなしく寝ることにしました。

翌日。体重、血圧、体温を測定し、朝食も済ませました。やることはありません。
まあ、終わったあとだし暇をもてあますんだろうな、階下のカフェーでコーヒーでも飲みながら本を読んだらきっといい気晴らしになるだろうな、と財布と本を持ちエレベーターに向かいました。あ、こういうときのためにエコバッグがあればお持ちください。便利です。
その途中、ナースステーションで看護士さんが書類を落とし、拾おうとしています。私はちょっとした親切心から拾おうとしたのですが、その瞬間稲妻のような激痛が腰を走り、うずくまるしかありませんでした。書類は看護士さんが拾いました
。 「あらすみません、大丈夫ですか」
「は、はい、大丈夫ですよ」
笑顔でそう言ったものの、腰はサイレンを鳴らしているかのようにずきずきと痛みます。エレベーターには乗らずに、食堂に向かうことにしました。そのまま病室に引き返すことは、不可解な私のプライドと息抜きを求める心が許しませんでした。腰をかがめるのが危険だと看護士さんから教えてもらったのは、この翌日です。 食堂の自動販売機でオレンジジュースを買い、ふっと息をしつつ、テレビ画面を眺めます。ちょうどこのとき、国中で注目を集めるとある重大ニュースがあり、どの局でもそれで持ちきりでした。食堂には数人、服装から察するに見舞客がいて、真剣なまなざしでテレビ画面を見つめています。私はバッグから本を取り出し、読み始めます。鈍い痛みのせいか本の文字はあまり真剣に終えませんが、あくま休息を楽しむポーズを取りつつ、ページをめくりました。階下のカフェに行きたい気持ちもありましたが、腰は痛むし、よれよれの汚いTシャツと安っぽい部屋着のズボン、それに変な室内履きで、行くのは恥ずかし過ぎます。断念しました。 この日から入浴もできます。ただし、傷口は防水加工すること。ナースステーション横の処置室で処理を行い、浴室に向かいます。
そんなふうに一日は過ぎてゆきます。こんなに腰が痛いのに、明日退院できるものかな、という疑念を抱きつつ、その日は眠りにつきます。
三日目、退院日です。
朝一番に採血をしてもらい、検査結果次第で退院できると看護士さんに教えてもらいます。最後の朝食、体重、血圧、体温を測定。最初に食べた病院食はおいしくないなあ、と思ったものですが、絶食後以降はすっかりファンになりました。ナースステーション前の献立表を見て、次は何を食べられるのかと心待ちにしていたのです。朝食には濃厚な牛乳が出ます。食事と同時に紙パックの牛乳を飲むのは中学生以来です。これが最後の病院食かと思うと、嬉しいような、名残惜しいような気がします。
朝食後ゴロゴロしていると、コーディネーターさん、主治医の皆さんがやって来ます。最後に消毒薬と傷口に貼るシート三日分をもらい、無事退院です。久々にジーンズをはいて、キャリーバッグを転がしながらバスに乗り込んだのでした。今にして思うと、無理しないでタクシーを使うのが無難でした。このバスが満員で、壁に腰を押し当てられて鈍痛が「ビキッ!」とはしるのです。
昼食はハンバーガーショップでした。健康的な病院食のあとにはジャンクフードが食べたくなったのです。がぶりとバンズにかぶりつき、やっと終わったのだなあと実感しました。今、同じ空の下には、私の骨髄液を点滴されて、拒絶反応と戦う男性がいます。彼は大丈夫かな、頑張っているのかな、と想像します。 あとは新幹線で家に戻り、提供終了です。
私からのアドバイス!
 Wi-Fi状況を確認しましょう。有線LANレンタルできるのであれば、ホテル用Wi−Fiルーターを用意しておくのがお薦め。暇つぶしにスマホをいじりすぎて、パケット通信料がはねあがります
 病衣レンタルはしなくてもよし。ただしあまりに派手なTシャツだと後悔するかもしれません
 スマホはベッドの側に置いておきましょう。充電ケーブルは長めのものを
 手術後は横向きに寝ましょう。それが無難です
 痛み止めを我慢するメリットはありません。痛くなったらナースコール! 看護士さんはそのためにいるのです
 無防備にかがまない。どうしてもかがみたいならスクワットの要領で)、重たいものは持たない、腰は大事にしましょう
 骨髄移植休暇を無給にする職場のことは全力で呪いましょう

最後に。
周りの人からは「他人のためによくやるね」、「痛そうでかわいそう」なんて言われましたが、今振り返ってみると素晴らしい体験だったなとしか思えないんです。絶食後噛みしめたおにぎりと肉の感触は一生忘れられないと思います。いえいえ、そんなことよりも。入院する体験や医療チームの努力にふれてなんだか元気をもらえました。入院って大変なんだと学ぶこともできました。何よりも、ここまで大きな人助けできるっていいね、という満足感があります。
また提供する機会があれば、都合がつくのであれば提供するでしょうね。
骨髄提供の輪が、もっと広がりますように!



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